コラム・特集
角田 憲 2021.1.18
i-Constructionの先駆者たち

土木革命のキーマン “ 正治組 大矢洋平 ”が語る、3次元データと生産性向上

i-Constructionが標榜され、生産性向上、働き方改革に邁進している建設土木業界。しかしそれは本当の意味での改革なのだろうか。ICTという言葉だけが一人歩きをしていないだろうか。47都道府県の中でも指折りのi-Construction推進県である静岡で、土木施工の新たな形を体現し、業界内外から注目を集め続ける、株式会社 正治組(以下、正治組/静岡県 伊豆の国市)の大矢洋平氏に話を聞いた。

工事作業員から業界のキーマンに


19歳で正治組に入社し、土木作業員として働いていた大矢氏。転機は24歳の時に訪れた。それまで正治組は、地場のゼネコンから請けた工事だけを担っていた。しかしこのままではいずれ立ち行かなくなるのでは……。という危機感から元請け工事を受注していく方向に大きく舵を切ることになったのだ。

株式会社 正治組 大矢洋平氏

会社から任された大矢氏は、持ち前のエネルギーと行動力で、県発注の工事を受注するものの、当時、下請け工事の経験しかなかった正治組には、施工管理どころか測量のその字も知らない社員しかおらず、先輩や上司に教えてもらうことはできなかった。

その工事は、がむしゃらに調べてなんとか乗り切るも、それからの3年間は、1日3時間ほどの睡眠で独学で必死に学び続ける日々を過ごすことになる。そしてもっと効率的に施工することができるのではないかと熟考し、「3次元設計データ」の活用を取り入れることになった。2016年、i-Constructionが推進される何年も前の話だ。

その後もクラウドストレージサービス(以下、クラウド)を積極的に取り入れ、3Dレーザースキャナーを導入したことで、さらに効率化は進む。現在では建設土木業界で押しも押されぬ存在となった。

器械を導入すれば、生産性が上がるわけじゃない


「メリットがあるからやるのであって、やるからメリットがあるわけじゃない」と話す大矢氏。自身では2017年に3Dレーザースキャナーを導入し、3次元データ活用の有効性を実証しているが、「器械の導入=生産性向上」ではないという。


器械やソフトウェアはあくまで“道具”であって、それらを理解し、組み合わせて使うことでようやく意味が出てくる。当時、3Dレーザースキャナーを導入する際にも、大矢氏自ら各メーカーに問い合わせ、実物を見に出向き、機会があれば何度も試用した。

徹底的に調べ尽くし、自社で導入するのであれば細かい精度よりも、レンジ(計測できる距離)やピッチ(点間)、1スキャンのスピードを優先するべきだと考えた結果、価格・性能とも比較的希望に近かったトプコンのものに決めたという。


「もしこれが大型の現場をメインにする会社さんであれば、高価であってももっとレンジが長く、精度が高い機種を選ぶべきでしょうが、年間2、3回の頻度でしか3次元測量をしないのであれば、最初はレンタルで十分だと思います」(大矢氏)。

道路に白線を引く工事を主に受けている事業者であれば、そもそも3次元測量をする必要すらない。とはいえ正治組にとって3Dレーザースキャナーの導入は明らかなメリットがあった。

劇的な労力削減に。3Dレーザースキャナーのメリット


従来、地形の測量は非常に大変な作業だ。炎天下や極寒、時には風雨に晒されながら、重い器械を持って移動しては測り、測っては移動する、という作業を繰り返す。山中や河川、崖などではつねに危険が伴い、市街であれば炎天下のアスファルトの上でひたすら作業を繰り返すことも往々にしてある。


場所によっては交通規制などの必要も出てくるだろう。そして最低でも2人以上の人員が必要になる。しかし正治組では3Dレーザースキャナーを導入したことで、今まで2人掛かりで2日かかっていた作業を、入社2年目の社員が1人で、しかもたった半日ほどで終えることができるようになったという。


劇的な時間の短縮と労働力の削減だ。ドローンUAV)を活用すれば、急な崖面や、土砂災害現場などであっても人が危険なところに足を踏み込むこともなく、安全性も担保できる。まさに導入しない理由がないのだ。

実際、当初の事業計画では、導入にかかったコストを2年程度で回収する見込みであったが、蓋を開けてみれば1年ほどで採算を合わせることができたそうだ。

“道具”を理解し、新たな発想をしていくことが大切


Dropbox(Dropbox, Inc.が提供するクラウドストレージサービス)が日本で提供され始めた時に大矢氏は衝撃を受けたという。クラウド上でデータを保管しておけば、万が一、現場事務所が火事などで焼けてしまったとしてもバックアップは失われない。

またどこからでも一つのファイルにアクセスできるということは、わざわざ現場に来なくても作業ができる。つまり雇用の枠が日本中に、いや世界中に広がったということだ。現に、正治組では静岡からは遠く離れた福岡県の人材を雇用しているという。


スキャンしたデータのトリミング作業などは、このPCゲームが得意な福岡在住の女性社員が作業して、クラウド上に納品される。普段のやりとりはリモートで行なっているという。これもまた新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大によってリモートワークが普及するずっと前から導入しているというから驚きだ。

クラウドという道具を手に入れた時に、ただ漫然とデータ管理として使うだけではなく、例えば、『雇用の枠が大きく広がるのではないか』という発想をできることが大事だという。


また正治組では、クラウドに各種データを保存し、社内の誰もが見られるようになっている。そうすることで、工事の進捗をリアルタイムで共有したり、技術やノウハウを蓄積していくことができるからだ。

そしてクラウドを介して3次元設計データを活用すれば、位置や高さなどの座標計算をわざわざしなくてもタブレットが誘導してくれるシステムも導入している。3次元データとクラウド、そして器械を組み合わせることで、大幅に生産性が向上するのだ。

同じものが出来上がるなら、少ないエネルギーで作るほうがいい


「3㎝ってイメージできますか。おそらくこんなもんですかね」大矢氏が、親指と人差し指で隙間を作って示してくれるその幅は本当にわずかなものだ。しかし仮に道路を作る際、両脇にある側溝の高さが設計値から3㎝高くても低くても検査は通らず、壊して一からやり直さなければならない。


逆に言えばどこの誰が作っても、結果3㎝の誤差以内で同じものができ上がる。「Excelの計算シートや図面なんかはコピペで良いって言ってるんですよ。結局、誰がやっても同じものができるのなら、より少ないエネルギーで作るのがベストだと思うんです。エネルギーというのは現場での労力であるとか、管理者の時間、書類作成の手間とかです。なるべく少ないエネルギーで目的の成果物を完成させることが、技術者の本当の意味での能力なんだと思うんです」(大矢氏)。

理解の“解像度”を、上げていく。


「きちんと理解できていなければ、どのくらい生産性が上がったかどうかを比較することすらできないんですよ。だって10キロ先に荷物を運ぶのに「飛脚」と「車」どちらが効率良いかなんて、今の人は、考えなくてもわかりますよね」(大矢氏)。

理解していないというのは、一目瞭然の差ですらわからないということ。例えば、年に何回も測量の機会がない事業者が、最上位モデルの3Dレーザースキャナーを導入してしまうことだろう。また、ICT化を推進すればいいという表面的な認識で、高価な機器と、ロースペックなPCを購入してICTを導入した気になってしまうことでもあるだろう。


根本的な問題はその辺りにある。「今後、新たな器械を使用することで、3Dレーザースキャナーよりも生産効率が上がるのであれば、迷わずそれを選びます。もしその選択と行動ができないのであれば、会社として、管理者としての力がないということですから」(大矢氏)。

適切なカタチでICT技術取り入れることさえできれば、生産性を大きく向上させる可能性を秘めているということだろう。

今後、ICTを導入を検討する事業者たちへ


「自分は教えてくれる人も環境も、何もない中でやってきたので、これから始める人たちには、その苦労はしてもらいたくないんです。ですから、3次元設計データを始める時にヒントになるようなものを、様々な手段でどんどん発信しています」。

そう話す大矢氏はYDN(やんちゃな土木ネットワーク)という、新しい土木技術を学ぶ、全国的なネットワーク組織を主催している。


他にも学校で若い世代に向けての講演を行ったり、社外からのOJTを快く受け入れるなど、後進の育成にも積極的だ。YouTubeで大矢氏の名前を検索すれば、多数の教材動画が公開されているので、ぜひそちらも活用して欲しい。



【株式会社正治組】
本社事務所:〒410-2221 静岡県伊豆の国市南江間1930-24
TEL:055-948-2628 / FAX:055-947-2338 / Mail:k-syojigumi@za.tnc.ne.jp



 
編集:デジコン編集部 / 取材・文:角田 憲 / 写真:宇佐美 亮 
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角田 憲

有限会社さくらぐみにライターとして所属。宅地建物取引士。祖父が宮大工だったことから建築、不動産に興味を持ち、戸建て、マンション等の販売・管理・メンテナンス業務に従事。食、音楽、格闘技・スポーツ全般、健康、トラベルまで幅広く執筆。読書量は年間約300冊。
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