コラム・特集
「土木をDOBOKUへ」“プロ土木技術者” 松尾泰晴がたどり着いた軽やかな働き方と、i-Constructionの先にある自由な未来とは
土木・建設業界の生産性向上を目指し、2016年から始まったi-Construction。ここ数年は、業界内でもっとも関心を集めているトピックスの一つだろう。2022年現在、ICT活用工事の対象工種は拡充され、現場を支える新技術や新しいサービスも続々と登場している。i-ConstructionやDXの影響を、ごく身近に感じる機会も増えたのではないだろうか。
このままi-Constructionの普及が進み、業界全体に大きな変革が訪れたら、土木の仕事はどう変わっていくのだろう?
「土木は、もっと新しく、もっと楽しくなる。僕は、土木をDOBOKUにしたいんです」。
そう語るのは、“プロ土木技術者”と自らを称し活動する松尾泰晴氏(yasstyle代表)だ。彼は、i-Constructionが始動した2016年よりもずっと前から、現場の課題に目を向け、その解決のためにITツールやICT技術を積極的に駆使してきた技術者だ。
自らもプレイヤーとして現場に立つ傍ら、現在は、国交省のICTアドバイザーも務め、さらには、デジタルツイン技術で急成長をするスタートアップ企業「シンメトリー・ディメンションズ」にて顧問も兼任。ICT技術の導入に向けたコンサルティング業務や技術支援を全国各地で行いながら、土木・建設関連の講演やイベントにも登壇し、普及・啓蒙活動をつづけている。
2021年に独立後は、独立前にも増して、より多くの相談が寄せられているという。「うちの会社でもICTを始めてみたいんだけど」「UAVを購入したけれど、使いこなせていない」「3Dモデルの作成が難しくて」「どうすれば生産性があげられるでしょうか?」
相談内容は、多岐にわたる。各地方自治体や中小建設会社、IT企業など、さまざまな場から、彼に助けを求める声が届き、松尾氏の予定は、数カ月先までいっぱいだ。
ある時は、地方の建設事業者の元へ赴きICTのアドバイスを。またある時は、霞ヶ関に呼ばれ、国交省のワーキンググループの有識者として議論を交わす。さらに、またある時は、デジタルツイン技術開発のために、現場からの視点でアドバイスを行う。
彼がICTに注力する最大の理由、それは“出会い”だ。人や街、テクノロジーとの出会いを通して、新たなシナジーを生み出すこと。人と出会い、相談に答えつづけるうちに、彼の仕事は“土木技術者”という枠から大きくはみ出していった。そして、いつしか彼は自らを、“プロ土木技術者”と称するようになったのだ。
2021年7月、JR岡山駅。ロータリーで待つ私たちに、一台の車が近づいてくる。運転席から顔を出したのは、松尾泰晴氏だ。仕事にはいつもマイカーで向かうという彼は、今日も愛知の自宅からここ岡山まで、長時間、車を走らせてやってきた。
彼が移動手段に車を選ぶ理由は、2つ。出張の合間に、全国の仲間に会いに行くため。そして、トランクにBMXを積むためだ。趣味で続けているBMXは、海外の大会に出場するほどの腕前で、空き時間にいつでも走れるよう、つねにバイクを車に載せて移動しているのだという。
彼の本日の仕事は、岡山森林土木建設協会技術向上研修『i-Constructionセミナー』の講師だ。同じく講師を務めるスキャン・エックス株式会社の宮谷 聡氏と合流し、私たちは松尾氏の運転で会場へと向かった。宮谷氏は、クラウド点群処理サービス「スキャン・エックス」を提供する、SaaSベンチャーの代表取締役。松尾氏とは、ICT関連イベント等で顔を合わせる機会も多く、よく知る間柄なのだそうだ。
本セミナーは二部構成で、宮谷氏が点群データを活用した森林資源の維持・管理法を、そして松尾氏が、地域に根ざした「中小建設業のDX活用法」について、自身の経験や実績を交えながら紹介していく。講演前、昼食をすませるために入ったレストランで、松尾氏のバックボーンを聞く時間があった。
山口土木は、松尾建設と付き合いの長い協力会社で、同社の山田社長とは、松尾氏が初めての現場に立った19歳の時から顔を合わせる仲だったのだそうだ。地元の土木・建設協会に所属せず、実力で勝負したいと考える山田社長と、新しい挑戦を始めたい松尾氏はすぐに意気投合し、彼は山口土木の技術者となった。
岡山森林土木建設協会技術向上研修『i-Constructionセミナー』の松尾氏の講演がはじまると、彼はスライドを使いながら、自身の経歴や中小事業者として長年取組んできたICT活用工事の内容を、解説していった。
初めて山口土木がICT施工を行ったのは、2015年。i-Constructionが始まる2016年より前に、UAVを使った写真測量とICT施工を実施したのだという。「業務用の専用機でなければ難しいのではないか」という周囲の不安を押し切り、DJI製の小型UAVを購入。ひたすら操縦練習を重ね、マニュアルのない海外製のソフトウェアを使いこなし、松尾氏は自力で施工の成功まで漕ぎ着けた。
当時はまだ国交省の定めるICT活用工事実施の方針や基準が整備されておらず、「どうすれば、理想を形にできるだろう?」とトライ&エラーを重ねた結果、なんとか壁を乗り越えたのだ。講演で紹介される事例は、利益や生産性を追求してきた、彼の経営的手腕を物語るものばかりだ。
しかし、いま私たちの目の前にいる松尾氏は、もっとピュアに仕事を楽しんでいるように映る。独立し、利益や成長を求められる “組織”という足かせが外れた今の彼は、純粋に自分の好奇心に従い、動き続けている。利益という「目に見える結果」ではなく、新しいヒト・モノ・コトと出会う、そのプロセスを楽しんでいるようだ。
「ICT技術って、誰に“ハマる”か分からないのが、面白いんですよね」。セミナーを終えた松尾氏が、突然こう切り出した。
会場をあとにした我々は、松尾氏の運転で岡山駅へと向かっていた。その道中、この夏からスタートする新しい取組みについて、彼の考えを聞く時間があった。
「土木の学校」では、ICT活用工事を始めたいと考えている事業者や、思うように技術を使いこなせていない事業者が、レクチャーを受けることができる。入学資格は不問で、地域特有の工事方法やニッチな工種にも対応しているという。「誰に相談すればいいのかわからない……」という悩みを持ち寄る、いわば、土木技術者の駆け込み寺のような場所だ。
講師を務めるのは、松尾氏と、株式会社正治組(静岡県・伊豆の国市)の大矢洋平氏。ふたりは、ICT活用工事の専門家として土木業界を牽引してきた戦友のような間柄で、これまでの活動を通して、行政担当者や大手デベロッパー、建機メーカー、ソフトウェアメーカーなど、土木に関わるさまざまな立場の人と繋がり、現場で汗をかき、多くの技術やノウハウを蓄積してきた。
「土木の学校」では、現場でICTを体現してきた生き字引ともいえる彼らから、ふたりが心から良いと考えるスキルのみが提供される。本当に困っている技術者を助けるために、彼らは出し惜しみをしない。まさにこれは、松尾氏の理想とする“スキルをオープンにして、広げていく活動”と言えるだろう。
では、その「土木の学校」では、どのような授業が行われるのだろうか?デジコン編集部は日を改めて、授業を見学させてもらうことにした。
2021年8月、私達が向かったのは、静岡県伊豆の国市。ここが今回の「土木の学校」の会場だ。この場所で昨日から、土木の学校が開催されているという。
講師を務めるのは、松尾氏と正治組の大矢洋平氏、そして今回は、フリーランス土木技術コンサルタントの宮崎 忍氏の3名だ。宮崎氏は、ふたりの活動に憧れ、2021年春に独立。現在は、沖縄エリアを中心に活動している。独立前は、「TREND-POINT」や「武蔵」で知られるソフトウェアベンダー「福井コンピューター株式会社」に、営業職として勤務していたそうだ。
土木の学校では、必ず事前に参加者へのヒアリングを行う。要望に沿ったオーダーメイドのカリキュラムが組まれ、満を持して数日間に渡る「土木の学校」が開校される。まるで部活の強化合宿のように、本気で悩みをぶつけ、ひとつずつ疑問を解消しながらスキルやノウハウを身につけることができる。
今回は生徒として、愛媛県に拠点を構える「ちぐさ技研工業株式会社」から、社長を含む4名の社員が参加した。同社は山間部を走る業務用モノレールの施工を専門に行っており、今回はICT活用に向けた一連の流れを学びに来たそうだ。最大の悩みは、施工データを作成するために福井コンピューターの「武蔵」を導入したが、理想とするデータが作成できず、困っているのだという。
6日間に及ぶカリキュラムの2日目、宮崎氏がメイン講師として登壇する。早速「武蔵」の操作方法や、設計データの作成方法のレクチャーが始まったが、全体の作業工程と図面作成の流れを、なかなか掴むことができず、データ作成は難航した。
その時、授業の様子を見ていた大矢氏が「自分なら、この現場ではこれを使います」と提案した。それが、株式会社建設システムの「SiTECH 3D」。「武蔵」はそもそも2D図面を得意とするソフトウェアであるため、ちぐさ技研工業の皆さんが理想とする3Dモデルの作成には、少し不向きだったのだ。
ちぐさ技研工業の女性社員が、大矢氏の指導のもとデータの作成に取り掛かる。すると、初めて「SiTECH 3D」に触れたとは思えない飲み込みの早さで、コマンドや操作パレットの位置をすぐに覚えてしまった。「私たち、こういうことが、やりたかったんです!」と言わんばかりに、教室内が活気づいた瞬間だった。
「困ったときに頼れる人がいないから、ICTを導入できない」。そんな悩みを抱える事業者は、山程いるのだそうだ。啓蒙活動と技術指導、ICTアドバイザー業務……。松尾氏は全国から届く悩みや相談に応えるべく、365日、全国を飛び回り、i-Construction推進のため走り続けている。そのモチベーションの源泉は、どこから湧いてくるのだろうか?
大矢氏とともに約6年間、i-Constructionの普及に尽力してきた松尾氏は、実力ある若手技術者たちにも、この活動の輪に加わってほしいのだそうだ。次なる目標は、全国各地で出会った優秀な若手技術者たちに、「教える場」を作ることだと言う。
海外の移住先から遠隔でICT建機を操縦し、無人施工をする、未来。個人が、全国の現場を渡り歩く、自由な働き方を選ぶ技術者が増えていく、未来。優れたクリエイターやエンジニアが異業種からどんどん集まり、新しいチームが生まれる、未来。松尾氏と話していると、そんな未来は、すぐ現実になってしまう気がしてくる。
「土」と「木」だけじゃない。最先端技術やユニークで情熱のある人々が集まる「DOBOKU」へと変わっていく。今まさに土木業は、過渡期を迎えているのかもしれない。そして松尾泰晴氏はすでに、DOBOKUという次のステージに立っている。土木業界に新しい波が来ていること。そして、i-Constructionの先に待っている未来を、彼の姿が物語っているのだ。
このままi-Constructionの普及が進み、業界全体に大きな変革が訪れたら、土木の仕事はどう変わっていくのだろう?
「土木は、もっと新しく、もっと楽しくなる。僕は、土木をDOBOKUにしたいんです」。
そう語るのは、“プロ土木技術者”と自らを称し活動する松尾泰晴氏(yasstyle代表)だ。彼は、i-Constructionが始動した2016年よりもずっと前から、現場の課題に目を向け、その解決のためにITツールやICT技術を積極的に駆使してきた技術者だ。
自らもプレイヤーとして現場に立つ傍ら、現在は、国交省のICTアドバイザーも務め、さらには、デジタルツイン技術で急成長をするスタートアップ企業「シンメトリー・ディメンションズ」にて顧問も兼任。ICT技術の導入に向けたコンサルティング業務や技術支援を全国各地で行いながら、土木・建設関連の講演やイベントにも登壇し、普及・啓蒙活動をつづけている。
2021年に独立後は、独立前にも増して、より多くの相談が寄せられているという。「うちの会社でもICTを始めてみたいんだけど」「UAVを購入したけれど、使いこなせていない」「3Dモデルの作成が難しくて」「どうすれば生産性があげられるでしょうか?」
相談内容は、多岐にわたる。各地方自治体や中小建設会社、IT企業など、さまざまな場から、彼に助けを求める声が届き、松尾氏の予定は、数カ月先までいっぱいだ。
ある時は、地方の建設事業者の元へ赴きICTのアドバイスを。またある時は、霞ヶ関に呼ばれ、国交省のワーキンググループの有識者として議論を交わす。さらに、またある時は、デジタルツイン技術開発のために、現場からの視点でアドバイスを行う。
彼がICTに注力する最大の理由、それは“出会い”だ。人や街、テクノロジーとの出会いを通して、新たなシナジーを生み出すこと。人と出会い、相談に答えつづけるうちに、彼の仕事は“土木技術者”という枠から大きくはみ出していった。そして、いつしか彼は自らを、“プロ土木技術者”と称するようになったのだ。
i-Constructionが始まる前から、地道に取り組んできた“現場の改善”
2021年7月、JR岡山駅。ロータリーで待つ私たちに、一台の車が近づいてくる。運転席から顔を出したのは、松尾泰晴氏だ。仕事にはいつもマイカーで向かうという彼は、今日も愛知の自宅からここ岡山まで、長時間、車を走らせてやってきた。
彼が移動手段に車を選ぶ理由は、2つ。出張の合間に、全国の仲間に会いに行くため。そして、トランクにBMXを積むためだ。趣味で続けているBMXは、海外の大会に出場するほどの腕前で、空き時間にいつでも走れるよう、つねにバイクを車に載せて移動しているのだという。
彼の本日の仕事は、岡山森林土木建設協会技術向上研修『i-Constructionセミナー』の講師だ。同じく講師を務めるスキャン・エックス株式会社の宮谷 聡氏と合流し、私たちは松尾氏の運転で会場へと向かった。宮谷氏は、クラウド点群処理サービス「スキャン・エックス」を提供する、SaaSベンチャーの代表取締役。松尾氏とは、ICT関連イベント等で顔を合わせる機会も多く、よく知る間柄なのだそうだ。
本セミナーは二部構成で、宮谷氏が点群データを活用した森林資源の維持・管理法を、そして松尾氏が、地域に根ざした「中小建設業のDX活用法」について、自身の経験や実績を交えながら紹介していく。講演前、昼食をすませるために入ったレストランで、松尾氏のバックボーンを聞く時間があった。
実家が、建設会社なんですよ。地元・愛知で祖父の代から続く、いわゆる老舗の建設会社です。19歳で父が社長を務める「松尾建設株式会社」に入社して、そこから今まで土木一筋ですね。当時はちょうどインターネットが台頭しはじめたばかりで、僕も張り切って初代iMacを購入しましたよ。いつでも新しい情報にアクセスできることに、衝撃を受けました(松尾氏)。
ITツールや最新のテクノロジーを使いこなす未来を想像して、「土木にも新しい波がくるぞ!」とワクワクしていました。しかし、松尾建設には、先代から受け継いできた仕事や、守らなければいけないものが沢山ありました。
新しいことをはじめるには、少しだけ不向きな環境だったんです。その後30代半ばで、同じく愛知に拠を構える株式会社山口土木に転職をしたことが、僕にとって分岐点となりました(松尾氏)。
山口土木は、松尾建設と付き合いの長い協力会社で、同社の山田社長とは、松尾氏が初めての現場に立った19歳の時から顔を合わせる仲だったのだそうだ。地元の土木・建設協会に所属せず、実力で勝負したいと考える山田社長と、新しい挑戦を始めたい松尾氏はすぐに意気投合し、彼は山口土木の技術者となった。
2社目となる山口土木で働き始め、あらためて建設会社には、非効率な働き方が根付いているなあと感じました。以前と比較して業務量が増えたのに、業務プロセスは10年前と同じ、なんて話はよくありますよね。だからこそ、ほんの少しの工夫で、生産性が上がるのではないかと考えたんです。そこで当時、僕が始めたのは、社用ケータイを、iPhone5に替えるということでした(松尾氏)。
移動中にメールを確認したり、外出先からデータを送ることは、今となっては当たり前ですよね。しかし当時、私たち技術者の仕事場は、現場か事務所のどちらかに限られていました。それが、どこでもPDFやエクセル等の書類が開けるうえに、指示書も書ける。地図が見られて、写真だって撮れる。手元で作成・確認した情報をすぐに共有できるようになり、格段に作業効率が上がりました(松尾氏)。
毎日、現場作業を終えてから会議室に集まって作成していた現場配置表も、遠隔で対応できるので、現場から直帰できる日も増えましたよ。iPhoneを使ってみる。たったそれだけ。でも、日々のムダを減らす小さな工夫の積み重ねが、労働時間の削減や就労時間の改善だけでなく、2年間のうちに売上を約2倍に伸ばすという、大きな結果まで連れてきてくれたんですよ(松尾氏)。
岡山森林土木建設協会技術向上研修『i-Constructionセミナー』の松尾氏の講演がはじまると、彼はスライドを使いながら、自身の経歴や中小事業者として長年取組んできたICT活用工事の内容を、解説していった。
初めて山口土木がICT施工を行ったのは、2015年。i-Constructionが始まる2016年より前に、UAVを使った写真測量とICT施工を実施したのだという。「業務用の専用機でなければ難しいのではないか」という周囲の不安を押し切り、DJI製の小型UAVを購入。ひたすら操縦練習を重ね、マニュアルのない海外製のソフトウェアを使いこなし、松尾氏は自力で施工の成功まで漕ぎ着けた。
当時はまだ国交省の定めるICT活用工事実施の方針や基準が整備されておらず、「どうすれば、理想を形にできるだろう?」とトライ&エラーを重ねた結果、なんとか壁を乗り越えたのだ。講演で紹介される事例は、利益や生産性を追求してきた、彼の経営的手腕を物語るものばかりだ。
しかし、いま私たちの目の前にいる松尾氏は、もっとピュアに仕事を楽しんでいるように映る。独立し、利益や成長を求められる “組織”という足かせが外れた今の彼は、純粋に自分の好奇心に従い、動き続けている。利益という「目に見える結果」ではなく、新しいヒト・モノ・コトと出会う、そのプロセスを楽しんでいるようだ。
ノウハウやスキルは、オープンに、どんどんシェア。これからの時代に生きる技術者に、求められるものとは?
「ICT技術って、誰に“ハマる”か分からないのが、面白いんですよね」。セミナーを終えた松尾氏が、突然こう切り出した。
山口土木に所属していた時に、社全体のスキルアップのために、社員全員にソフトウェアの操作を覚えてもらっていたのですが、その中で特に「TREND-CORE」を使ったデータ作成にハマったのが、経理を担当していた女性社員でした。操作方法をレクチャーすると彼女は、驚くほど短期間で3Dモデルを完成させたんです(松尾氏)。
それだけでも充分に凄いのですが、そのデータには不思議なところがあって、数人の作業員とバックホウが向き合うようにレイアウトされているんです。彼女に「これは何?」と尋ねると、「彼らは今から、この橋の上で戦うんですよ!RPGゲームみたいに!」と満面の笑みで教えてくれました。楽しげに「TREND-CORE」を操作する彼女の様子は、今でも鮮明に覚えています(松尾氏)。
何が言いたいのかというと、彼女は3Dモデル作成の仕事を“単なる与えられた業務”とは捉えていなかったんですよね。「このソフトを使えば、好きなゲームのシーンが作れるかもしれない!」と、イメージを膨らませ、それをワクワクしながらカタチにしていったんです。自ら楽しさを見出す人ほど、飲み込みが早く、どんどん技術を覚えていきます。「やってみたい!」「こうしたい!」という気持ちが原動力になり、初めて学ぶ技術であっても、難なくハードルを乗り越えていきます(松尾氏)。
業界的にも時代的にも、今は大きなチャンスです。自由な発想と技術力をもつ若手の活躍の場は、山程あります。自分でプログラムを組める若手技術者も、今後さらに増えるでしょう。
しかし、彼らを取り巻くこの業界が変わるには、まだ少し時間がかかるかもしれません。最新のICT機器や、高い技術を持っているのに、それを自社で独占し、囲い込んでしまう建設会社は少なくありません。確かに技術力の高さは、他社と競う上で優位に働くでしょう。それが儲けや工事成績評点に繋がりますから、仕方のないことなのかもしれません(松尾氏)。
しかし、それはあくまで短期的なもの。次々と新しい技術が生まれている今の時代では、すぐにその技術も古くなってしまいます。僕だって、苦労して身につけた技術を、簡単に教えたくないと思っていた時期もありましたよ(松尾氏)。
しかし実際は、出し惜しみをせずに、自分のノウハウをオープンにすることで、得られるリターンのほうが圧倒的に大きかった。協力しあえる仲間が、全国に増えましたからね。何にも代え難い、僕の財産ですよ。ノウハウをオープンにし、人や企業と協力関係を築くほうが、広がりがあると思いませんか?
会場をあとにした我々は、松尾氏の運転で岡山駅へと向かっていた。その道中、この夏からスタートする新しい取組みについて、彼の考えを聞く時間があった。
知り合いから頼まれることが多かったので、これまで技術者の教育活動を細々と続けてきました。古巣の山口土木時代にも、希望者を従業員やインターンとして雇い、一緒に働きながら指導を行っていたんですよ。会社員時代はこの方法が精一杯でしたが、独立を機に、本腰を入れて取り組んでいこうと思い立ちました。
そこで、実践的なICTの活用法や実際の施工を想定した業務プロセスの指南など、参加者の要望に沿ったオーダーメイドの授業をする。そんな自由な学び場を、仲間と一緒に作ることにしたんですよ。名付けて、「土木の学校」。僕が校長を務める、新しい学校です。
「土木の学校」では、ICT活用工事を始めたいと考えている事業者や、思うように技術を使いこなせていない事業者が、レクチャーを受けることができる。入学資格は不問で、地域特有の工事方法やニッチな工種にも対応しているという。「誰に相談すればいいのかわからない……」という悩みを持ち寄る、いわば、土木技術者の駆け込み寺のような場所だ。
講師を務めるのは、松尾氏と、株式会社正治組(静岡県・伊豆の国市)の大矢洋平氏。ふたりは、ICT活用工事の専門家として土木業界を牽引してきた戦友のような間柄で、これまでの活動を通して、行政担当者や大手デベロッパー、建機メーカー、ソフトウェアメーカーなど、土木に関わるさまざまな立場の人と繋がり、現場で汗をかき、多くの技術やノウハウを蓄積してきた。
「土木の学校」では、現場でICTを体現してきた生き字引ともいえる彼らから、ふたりが心から良いと考えるスキルのみが提供される。本当に困っている技術者を助けるために、彼らは出し惜しみをしない。まさにこれは、松尾氏の理想とする“スキルをオープンにして、広げていく活動”と言えるだろう。
では、その「土木の学校」では、どのような授業が行われるのだろうか?デジコン編集部は日を改めて、授業を見学させてもらうことにした。
まるで部活の強化合宿。6日間に及んだ『土木の学校』。
2021年8月、私達が向かったのは、静岡県伊豆の国市。ここが今回の「土木の学校」の会場だ。この場所で昨日から、土木の学校が開催されているという。
講師を務めるのは、松尾氏と正治組の大矢洋平氏、そして今回は、フリーランス土木技術コンサルタントの宮崎 忍氏の3名だ。宮崎氏は、ふたりの活動に憧れ、2021年春に独立。現在は、沖縄エリアを中心に活動している。独立前は、「TREND-POINT」や「武蔵」で知られるソフトウェアベンダー「福井コンピューター株式会社」に、営業職として勤務していたそうだ。
土木の学校では、必ず事前に参加者へのヒアリングを行う。要望に沿ったオーダーメイドのカリキュラムが組まれ、満を持して数日間に渡る「土木の学校」が開校される。まるで部活の強化合宿のように、本気で悩みをぶつけ、ひとつずつ疑問を解消しながらスキルやノウハウを身につけることができる。
今回は生徒として、愛媛県に拠点を構える「ちぐさ技研工業株式会社」から、社長を含む4名の社員が参加した。同社は山間部を走る業務用モノレールの施工を専門に行っており、今回はICT活用に向けた一連の流れを学びに来たそうだ。最大の悩みは、施工データを作成するために福井コンピューターの「武蔵」を導入したが、理想とするデータが作成できず、困っているのだという。
6日間に及ぶカリキュラムの2日目、宮崎氏がメイン講師として登壇する。早速「武蔵」の操作方法や、設計データの作成方法のレクチャーが始まったが、全体の作業工程と図面作成の流れを、なかなか掴むことができず、データ作成は難航した。
その時、授業の様子を見ていた大矢氏が「自分なら、この現場ではこれを使います」と提案した。それが、株式会社建設システムの「SiTECH 3D」。「武蔵」はそもそも2D図面を得意とするソフトウェアであるため、ちぐさ技研工業の皆さんが理想とする3Dモデルの作成には、少し不向きだったのだ。
ちぐさ技研工業の女性社員が、大矢氏の指導のもとデータの作成に取り掛かる。すると、初めて「SiTECH 3D」に触れたとは思えない飲み込みの早さで、コマンドや操作パレットの位置をすぐに覚えてしまった。「私たち、こういうことが、やりたかったんです!」と言わんばかりに、教室内が活気づいた瞬間だった。
授業はすべてセッション方式。講師と生徒が一緒になってディスカッションをしながら答えを導き出すプロセスを、ぜひ体験してほしいんです。この学校に申し込んでくる皆さんは、「現場を変えたい!」という、ものすごい熱量をもって参加されます。「土木の学校」で基礎を身につけることができれば、あとは自身で、いくらでも応用していくことができるんじゃないでしょうか(松尾氏)。
助け合いでつながる土木ネットワークを、全国に広げていく
「困ったときに頼れる人がいないから、ICTを導入できない」。そんな悩みを抱える事業者は、山程いるのだそうだ。啓蒙活動と技術指導、ICTアドバイザー業務……。松尾氏は全国から届く悩みや相談に応えるべく、365日、全国を飛び回り、i-Construction推進のため走り続けている。そのモチベーションの源泉は、どこから湧いてくるのだろうか?
ずっと土木をやってきましたが、いまだに新しい発見や驚きがあるんですよ。土木はこれから、どんどん面白くなっていきますよ。この業界を、もっと盛り上げていきたいし、僕自身も当事者として、変化を体感したいんです(松尾氏)。
全国の自治体を周り、セミナーや技術指導をしているのも、ICTアドバイザーとして携わるのも、そしてこの「土木の学校」も、もとを辿れば同じ動機から始めたことです。僕が望むのは、行政や建設事業者同士、ノウハウの出し惜しみをせず、ネットワークを繋げ、築いていきたいんですよ(松尾氏)。
そうすれば、いずれ地域ごとに土木コミュニティーが作られていくでしょう。困ったときに、いつでも気軽に相談ができたり、力を貸してくれる技術者が、コミュニティー内にいれば、心強いと思いませんか?
「全国の土木業のみなさん、今から、いっせーので変わりましょう!」といっても、無理ですよね(笑)。だから、いろいろな現場を地道に周りながら、人と人とをつなぎ、コミュニティーづくりの地盤を固めていきたいと考えているんです(松尾氏)。
大矢氏とともに約6年間、i-Constructionの普及に尽力してきた松尾氏は、実力ある若手技術者たちにも、この活動の輪に加わってほしいのだそうだ。次なる目標は、全国各地で出会った優秀な若手技術者たちに、「教える場」を作ることだと言う。
全国を周りながら、ICTを広げる楽しさを感じてきました。なので、若い世代の技術者にもぜひ、この喜びや楽しさを味わってもらいたい。それに、いまだに僕らに声がかかるようでは、i-Constructionが普及しているとは言えないですよね。ICT、全然広まってないじゃん!って思います(笑)。
「今回は若手の誰々さんにお願いしちゃいました」なんて、僕の方が断られるくらいが、ちょうどいいんですよ(笑)。この先ずっと僕らだけで続けていくには限界がありますし、この活動を途絶えさせないためにも、次世代を担う若手技術者にバトンを託したい。
それに僕、日本国内だけじゃなく、いずれは、世界を周りたいんです。今は数ヶ月先まで日本各地を訪れる予定が入っていますが、本音を言えば趣味であるBMXが盛んな国で、もっと大会に出たいし、海外のBMXチームにも所属しているので、そのチームメイトたちにも会いに行きたい。海外と日本の2拠点で、日本の若手チームと連携して仕事をする……そんな未来が実現したら、最高じゃないですか(笑)。
ICTを活用し始めた当初は、「生産性を上げると売上も伸びるし、これは儲かるぞ」と考えていました。
でも今は、儲けなんかよりも、業界を良くしたいという純粋な動機で動いています。これから土木業界は、まったくの別物に変わっていきますよ。僕自身、初めて技術者として現場に立った19歳の頃には想像もしていなかった自由な働き方をしていますしね。
僕は、土木をDOBOKUにしたいんです。
海外の移住先から遠隔でICT建機を操縦し、無人施工をする、未来。個人が、全国の現場を渡り歩く、自由な働き方を選ぶ技術者が増えていく、未来。優れたクリエイターやエンジニアが異業種からどんどん集まり、新しいチームが生まれる、未来。松尾氏と話していると、そんな未来は、すぐ現実になってしまう気がしてくる。
「土」と「木」だけじゃない。最先端技術やユニークで情熱のある人々が集まる「DOBOKU」へと変わっていく。今まさに土木業は、過渡期を迎えているのかもしれない。そして松尾泰晴氏はすでに、DOBOKUという次のステージに立っている。土木業界に新しい波が来ていること。そして、i-Constructionの先に待っている未来を、彼の姿が物語っているのだ。
WRITTEN by
高橋 奈那
神奈川県生まれのコピーライター。コピーライター事務所アシスタント、広告制作会社を経て、2020年より独立。企画・構成からコピーライティング・取材執筆など、ライティング業務全般を手がける。学校法人や企業の発行する広報誌やオウンドメディアといった、広告主のメッセージをじっくり伝える媒体を得意とする。
建設土木の未来を
ICTで変えるメディア