コラム・特集
楠田 悦子 2021.6.18
モビリティジャーナリスト楠田悦子と考える、暮らしやすい街づくりとインフラ

日本道路建設業協会 副会長・増田博行 特別インタビュー「 MaaS、自動運転、パーソナルモビリティとこれからの道路の関係 」

日本道路建設業協会の副会長兼専務理事を務める増田博行氏(以下、敬称略)と、『移動貧困社会からの脱却―免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』の編著者であり、MaaSに関する書籍の著者であるモビリティジャーナリスト楠田悦子がこれからの社会・モビリティ・道路について考えた。


増田博行 氏
日本道路建設業協会 副会長兼専務理事
1985年建設省入省、2001年英国道路庁、2012年国土交通省道路局環境安全課長、2014年東日本高速道路株式会社経営企画本部付部長、2015年国土交通省道路局企画課長、2016年大臣官房審議官(道路局担当)、2017年九州地方整備局長、2018年国土交通省技術総括審議官


MaaSを実現するためにもインフラ強化が必須


楠田:日本でMaaSに取組む際には、欧州と異なる取組み方が必要と感じている。インフラの視点からどう見ているか。

増田:インフラとしての道路に携わる国土交通省の道路局の経歴が長い。しかし、もともとは歩く人から、自動車はもとより、鉄道、船など交通全体に興味がある。

縦割り行政が問題視されるが、横の連携の仕組みが機能し、どうあるべきかの議論が活発に行われれば、効率の点で、適度な縦割り行政は悪くはない。横割りにしても問題があり、縦と横の連携が必要だ。

日本道路建設業協会 副会長兼専務理事  増田博行 氏

増田:しかし、交通全体がどうあるべきか、議論が少ないように思う。トラック輸送から鉄道や船にシフトする「モーダルシフト」に日本は取り組んできた。分かりやすいワードで広まったが、モーダルシフトは環境の負荷が低いモードへ転換する局面を捉えたワードで、その局面だけを考えていると、交通全体をどうマネジメントすべきかを考える視点が抜け落ちる。出発地から目的地までの移動を、どういう手段で、どうコーディネートするかを考えなければいけない。

出典:国土交通省 https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/modalshift.html

増田:日本は公共交通のサービスの質が高い。一方、日本はモーダルミックス(複数の交通手段の効率的な連携)のためのモーダルコネクト(交通の結節機能)が非常に弱い。例えば、公共交通の利用促進や都心部の進入禁止を打ち出した場合、郊外から自動車で来た人がストレス無しに乗換えることができないような状況だ。

家から公共交通を利用できる人もいれば、利便性などの観点から利用できない人もいる。可能な範囲で自発的に公共交通を選択したくなるような環境をつくらなければいけない。

モビリティジャーナリスト 楠田悦子

増田:“サイバー(デジタル活用)”を推進する欧州発のMaaSは、日本に先がけてモーダルミックスや交通の結節点強化といった”フィジカル”の施策に取り組んできた欧州では、有効かもしれない。

しかし、モーダルミックスや交通の結節機能が弱い日本にとっては、サイバーに注力したMaaSに取組むだけではメリットが少ない。本当のMaaSを実現するためにも、インフラを強化する必要がある。そのため、在職中に検討された、「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会の中間とりまとめ 日本版MaaSの実現」に”フィジカル”を入れるように強く主張した。

出典:国土交通省 「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会の中間とりまとめ 日本版MaaSの実現」https://www.mlit.go.jp/common/001280181.pdf

増田:料金体系のあり方も個別ではなく全体の交通のあり方を考える必要がある。例えば、欧州などが取り入れているように、一定エリア内の移動については出発地から目的地まで何を使っても基本的には同じ料金にしてはどうだろうか。


増田:並走する民間の交通事業者が競争したままでは共倒れしてしまうだろう。公共サービスだと割り切って税金を投入してもよいのではないか。この考え方は、日本では独占禁止法にひっかかるため難しかったのだが、公共交通事業者が国土交通大臣の認可を受けて共同して行う共同経営に関する協定の締結について、私的独占禁止法を適用除外する特例が創設され除外されることになった。

楠田:自転車、車いす、注目されている電動キックボード、自動運転など多様なパーソナルモビリティの活用を進めるためにも道路空間の再配分を進める必要がある。しかし、日本では欧米に比べて道路空間の再配分の進みが遅いように思う。何が必要か。


増田:自転車活用推進法が2016年に成立し、自転車活用推進本部の本部長が国土交通大臣、事務局長を道路局長が務めることになった。当時、私は大臣官房審議官(道路局担当)を務めており、事務局次長だった。また以前より道路空間の再配分に関する委員会があり、その担当課長も務めていた。

欧米と比較して、日本の最大のネックは道路空間が狭いことだ。日本は馬車の時代を経ずに、自動車、自転車、徒歩などの交通機能を担う公共空間として道路が使われるようになった。

元々日本の道路法は、交通機能を重視していた。つまり道路は、歩行者、自転車、自動車などを使った移動のための場であり、交通は流れていないといけないという考え方が基本にある。そのため道路にベンチを置こうとすると、流れる交通の妨げになるため、道路占有許可が必要になる。


増田:時代とともに道路に対する考え方も変化しており、交通は流れていないといけないという法律の考え方もだんだんと変わり、地域やエリアをどうしたいのかという絵さえ持てば実現しやすくなってきている。このように、道路空間を柔軟に使っていこう、再配分していこうという発想は以前から日本にもある。

いろいろな意見を持った関係者がおり、計画を描いてもその通りにうまくいかない場合も多い。まずは「この地域・エリア・区間はこうしたい!」という強い思いのもと、いろいろな意見が出たとしても本気で調整するような、強力なリーダーシップのある自治体の首長などがいる地域で進める必要がある。成功事例をつくり、横展開するのが理想ではないか。

楠田:「一人一人の住民が移動に困っていないか?」という発想が必要ではないか。MaaSや交通サービスの議論では、持続可能なサービスをつくることが目的化している。一人一人の移動寿命を延ばし、持続可能な社会をつくるという考え方がこれから大切ではないか。


増田:おもしろい考え方だ。私は家を1歩出た所から目的地まで移動し、目的の施設内で活動してから帰るまでの一連の移動に着目していた。一人の人が生まれてから死ぬまでという発想がなかったように思う。そのように考えると、同じ出発点であっても、多様な交通や移動の選択肢が必要になるだろう。


楠田:疾病や障害の状況、世帯や所得などでも大きく異なる。同じ出発地から目的地に向かう場合でも大きな差が出てくるだろう。

増田:その世帯の年齢構成によっても変わるのではないか。家族タクシー(家族内送迎)はその影響を大きく受ける移動だ。これまでは家族で移動を支え合ってきたが、長寿命化や家族の多様化により支えられなくなってきている。どのライフステージでも移動手段を選べることが大切だ。


楠田:これからの時代、移動の選択肢の少ない地方ほど、自動車以外の選択肢を増やすために道路活用が大切になる。しかし、都心部を中心に道路の再配分が進んでおり、地方では進んでいないのではないだろうか。

増田:道路空間を柔軟に使いたいというニーズが顕在化しやすい大都市部メインに道路の再配分の議論が進んでいる。

中山間地域は都市部と比較して1日の自動車の往来が少なく、交錯する確率が低い。都心の基準と同じにするのはナンセンスだろう。自動運転やパーソナルモビリティの活用を進めて移動の選択肢を増やすためにも、例えば、道路が狭くても交通量が少ないから1メートルくらい専用空間として再配分するというような、議論ができないだろうか。専用空間が用意できれば、自動運転やパーソナルモビリティ側に求められるセキュリティや安全のレベルも楽になる。


増田:安全を重視する立場からは反対されるかもしれない。しかしある程度の割り切りと利用者の自己責任などを取り入れながら、安全基準を柔軟に変えることも大切ではないか。

日本の強みは諸外国と比較して、全国一律の基準と一定のレベルで、道路インフラが安定して整備・維持管理できることだ。そして自動運転などにもインフラサイドから安定的に取組むことができる。日本の国際競争力が出てくるかもしれない。

楠田:道路から自動運転を牽引することができないでしょうか。計画、推進、運行するプレイヤーになる可能性が道路にもあると思う。


増田:やるべきではないか。道路行政は自動運転の運行サイドになるのは難しいだろう。しかし道路インフラサイドからの関与は、効率的な自動運転の実現には極めて有効であり、欠かせないと思う。道路に関わる当協会員の民間企業であれば貢献することができるであろう。また道路メンテナンスの際に、新技術の導入も進めるとよいだろう。

楠田:新技術を活用すれば、どの地域の交通や人々の移動を道路が把握することができるだろう。地域の交通や暮らしをデザインしつつ、自動運転車両がよいのか、自転車移動がよいのかなどを検討して、道路活用を進めるとよいのではないだろうか。


そのような発想で、調査、企画・提案、実行、メンテナンスのビジネスモデルができたなら、地域の移動や暮らしの課題も減り、持続可能な生きたインフラが実現できるのではないだろうか。

増田:各自治体の道路インフラへの予算確保が難しいという問題がある。欧州は城郭都市と城郭都市をつなぐための幹線道路という道路の成り立ちだ。アメリカは1980年代に橋が落ち、高速道路に穴が空いた問題が浮上し、2~3倍に予算を増やして道路インフラに投資をしてきている。アメリカのみならず、先進国は基本的に道路インフラへの投資を増やしている。

日本の道路の成り立ちは、街道と農村のあぜ道を道路にした帯状のネットワークが形成されている。また地震や洪水などの自然災害が多く、7割が山間部であるため、もともとインフラの整備と維持にお金がかかる。そのため日本の道路を現在必要なレベルに合せたネットワークにしようとすると莫大な費用がかかる。すべての道路をまんべんなく維持していくことは難しくなるだろう。


生活道路に関しては、通常のメンテナンスは自治体が自費で行っており、自治体で差ができている。これからの地域において、街をどうしたいのかを考え、各地域がオリジナルの計画をつくって、見直していく必要がある。

楠田:道路は各地域でありたい街を描いて計画をしているのでしょうか。

増田:まだ必ずしもそのように計画されていないのが実情だ。そのため、その時々の交通需要に応じて整備してきた実情があり、継ぎ接ぎの道路になってしまっているケースも見られる。交通計画とかマスタープランなど地域でありたい街を描いて、これからの道路を検討する仕組みはすでにある。

楠田:日本道路建設業協会としてデジタル活用の取組みと推進の課題は?


増田:i-Constructionやi-PavementなどICT施工に力をいれており、講習会、現場見学会、施工事例集の配布などに取組んでいる。会員の企業の中で取組む会社も増えてきている。経営者の中には、10年後の人材・人手不足に備えて、ICTを定着させようと思う人も多い。


しかし、まだまだ活用のメリットが分かりにくいようだ。やらないとダメでは長続きしない。ペナルティは最低限度とし、自主的にやりたくなるインセンティブが必要だ。まだ導入初期であるため、業界の状況をみて、何か工夫できなか考えている。

楠田:メンテナンスレベルは他国に比べて日本は高いというが。

増田:メンテナンスレベルが高い理由は、苦しい予算の中でもしっかりやらないといけないという国民性に頼っている。受注業者がまじめにしっかりやっているからだ。契約書に書かれている内容しか実行しない国などでは、日本のようにはいかない。


増田:日本では契約書に「甲乙の協議のもと行う」という文言があり、やっておかないといけなという責任感などで成り立っている。日本の国民性が変わっていく可能性もある。このような国民性に任せてきた部分をビジネスモデルに顕在化させて、適正な利益にしていく必要があるだろう。



◎取材時のみマスクを外していただきました。



一般社団法人 日本道路建設業協会
〒104-0032 東京都中央区八丁堀2-5-1東京建設会館3階
HP:http://www.dohkenkyo.or.jp





楠田悦子 / モビリティジャーナリスト

〜Profile〜
心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について、分野横断的、多層的に国内外を比較し、社会課題の解決に向けて活動を行っている。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。「東京モーターショー2013 スマートモビリティシティ2013」編集デスク、国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。共著に「最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本 」(ソーテック社2020年)。『移動貧困社会からの脱却―免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』編集・著書(時事通信社 2021年)



撮影:宇佐美 亮
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WRITTEN by

楠田 悦子

モビリティ―ジャーナリスト。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について考える活動を行っている。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。

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