コラム・特集
楠田 悦子 2020.11.18
モビリティジャーナリスト楠田悦子と考える、暮らしやすい街づくりとインフラ

新型コロナで急激に“自転車化”が進む欧州の道路事情

「モビリティ」という単語を聞いて、あなたは何を連想するだろう。多くの人は「クルマ」や「乗り物」と答えるだろうか。

今回から不定期で連載をしてもらう楠田悦子氏にその意味を問うと「人間を主役として交通を考えること」と答えてくれた。 実は楠田氏、モビリティジャーナリストという少し珍しい肩書きで活動しており、国土交通省が開催するMaasやスマートシティに関する様々な有識者会議にも出席している。

学生時代にスイス留学をし、多様な価値観を認め合い一人ひとりが心豊かに暮らしているスイスに魅了されて帰国するも、日本の閉塞的で生きづらい空気感に逆カルチャーショックを受けたんだとか。そんな経験から、日本の社会を少しでも良くしたい。幸せのあり方を根元から追求したいという使命感を抱き、「モビリティ」を通じて、その解決策を見つけ、実行するために挑戦を続けている。

「デジコン」ではモビリティジャーナリストである彼女に、“モビリティ”を主題に、人々の暮らしや移動には欠かすことができない、ライフラインについても言及してもらうことで、この変化著しい時代の中で、人々が本当に暮らしやすい街や社会インフラについて考えていく。今回は、新型コロナで様変わりしたヨーロッパの移動手段を解説してもらった(デジコン編集部)。


新型コロナのパンデミックにより、欧州の各都市が歩行者、自転車の街に


アメリカのジョンズ・ホプキンス大学によると新型コロナウイルス感染症の死者数が世界でもっとも多い国はアメリカ(219,674人)、次いでインド(114,610人)、ブラジル(153,675人)。そして感染者数の数が多かった欧州の国別の死者数(2020年10月19日現在)は、スペイン(33,775人)、フランス(33,054人)、イギリス(43,646人)、イタリア(36,543人)、ドイツ(9,798人)に上り、日本の死者数1,677人(2020年10月19日現在、NHKまとめ)を大きく上回った。欧州では今春を上回る水準で感染が再び拡大しており、終息が見えない。

この2020年に発生したパンデミックは、欧州の都市を一瞬にして歩行者や自転車の街へと一変させてしまった。

渡欧が難しいため、まだ現地を歩いていないが、パリに住む友人に帰宅時の様子を写真に収めてもらった(2020年9月)。おそらくコロナ前は6車線あった車道が自転車道に変えられ、そこに溢れんばかりの自転車や電動キックボード利用者が往来していた。オランダかデンマークになったのではないかと思うほどパリの街が様変わりしていて驚いた。

自転車の街となったフランス・パリ(写真提供:干場百花)

これはフランスに限ったことではない。イタリア、ドイツ、オーストリア在住の交通の専門家に聞くと、健康被害を鑑みて急ピッチで道路整備が進められているのだという。日本からの欧州への渡航のハードルが下がった時には、私たちはまったく新しい欧州の都市を見ることになるだろう。

“若者たちの気候変動抗議運動の顔”となったスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんがノーベル平和賞の候補者に選ばれたように、もともと欧州では日本以上に環境意識が高い。環境に悪いとされるクルマの保有を下げるため、公共交通やシェアリングサービスの活用、自転車の利用などがコロナ前より活発化していた。

そこへ日本の感染者数や死者数を大きく上回る新型コロナウイルスの流行が欧州の都市を襲った。そのため予防対策として、日本の外出自粛を要請した緊急事態宣言よりも厳格だったとされるロックダウン(都市封鎖)やソーシャルディスタンスなどをとる三密対策だ。

ソーシャルディスタンスを保ちながら、安全に外出できるように、歩行者道を増やす対策がとられた。またロックダウン解除後には、三密対策をとると公共交通の輸送量が減るため、徒歩や自転車の利用を促す施策がとられ、歩道や自転車道が急ピッチに整備された。

これらは、もともと自転車道にする予定だった道を、計画を前倒しにして整備していったようだ。環境の意識が高い欧州でも、クルマの利用を支持する人が多く、クルマがこれまで走っていた道路を歩行者や自転車に譲ることに対して抵抗が大きかった。しかしコロナ禍により歩行者や自転車に道路を譲る合意形成がしやすくなった。それを機会と捉えている。

たとえばフランスは、道路の渋滞や公共交通の混雑の解消に自転車が一つのソリューションだと考えている。フランス首都パリが位置するイル・ド・フランス地域は、自転車ネットワーク計画「RER V」を策定している。パリに行った人は、一度はRERに一度は乗ったことがあるのではないだろうか。そのイル・ド・フランス地域圏の地域急行鉄道網「RER」の自転車版だ。

RER Vには4つの計画原則がある。

  1. 連続性(橋や交差点でも止まらない)
  2. 容量(友人や子どもなど団体で走っても追い抜けるだけの容量がある)
  3. 効率(停止したり、減速することなく快適に走れる)
  4. セキュリティ(初心者や経験豊富なサイクリストでも快適に過ごせる)。

さらに目標値を定めている。RER Vの長さは650kmにする、地域を接続する9本のサイクルレーンを作る、5億ユーロを投資するなどだ。

この計画を後押ししたのが、新型コロナウィルスのパンデミックだ。

またヴァンソン藤井由美氏によると、イタリアのミラノでは、新型コロナウイルスの問題発生後に、市長がリーダーシップをとって、徒歩や自転車で暮らせる賑わいのある街づくり案を含む、コロナからの都市復興プラン「Milano 2020」を打ち出した。自転車道と時速30キロ制限のゾーン30を増やす計画だ。

ドイツ、オーストリア在住の交通の専門家らも、「前倒しに進む歩道や自転車道に市民も満足している。コロナ禍の対策ではなく、クルマ中心になってしまっていた街を変えていくよい機会になっている」と、”ピンチはチャンス”だと言わんばかりのコメントを寄せている。

国民は自転車に期待。しかし道路が追い付いていない


日本はどうだろうか。国土交通省の自転車活用推進本部などが、新型コロナウイルス対策として自転車通勤を推奨した。それ以外には国や自治体が感染対策として、自転車活用を推奨する話をあまり聞かない。

一方、健康被害を防ぐために自然と自転車を選択した人が多い。損害保険が2020年6月19~22日に週1回以上自転車通勤をしており、かつ勤務先から自転車通勤を認められている会社員の男女500人に聞いたところ、自転車通勤者のうち、4人に1人が新型コロナウイルス流行後に開始したと回答している。 新しく始めた理由の95.7%が「公共交通機関での通勤を避けるため」だ。

またこれまで通勤中の事故などを理由に、自転車通勤を推奨してこなかった東京都内の民間企業も変わりつつある。同調査によると500人のうち32.0%が、新型コロナウイルス流行後に会社から自転車通勤を推奨するアナウンスがあったとのだという。

「大都市部で自転車に乗る人が非常に増えた」という声をよく耳にする。また「会社から公共交通を避けるようにと言われて、クルマで通勤するようになった」という人も周りで増えた。

観光でも三密を回避ながら観光を楽しめる移動手段として、自転車は今もっとも注目されている移動手段だといっても過言でもない。

自転車の利用者が増えた東京( 撮影:楠田悦子)

それに伴って「駐輪場が足りておらず放置自転車が増えている」「安全な道路整備を進めなければ、危険な状況になっている」と警鐘を鳴らす人も多い。インフラ側が追い付いていないのだ。延期となった東京オリンピック・パラリンピックも開催されるようだが、対応できるのだろうか。

新型コロナウイルスの被害が欧州より小さかった日本は、感染予防対策と言うよりも、高齢化社会に対応した道路に変えていくことが喫緊の課題だろう。

日本での整備は、利用者が多く危険個所に矢羽根をつける受け身的なものが多いように感じる。一方、欧州はどのような都市・道路や移動にしていくか将来を描いて、能動的に変えていっている印象を受ける。

近年、自動運転や電動キックボードなどの新しい電動モビリティの活用が模索されているが、道路が変わらなければ安全に走行できないものも多い。新型コロナウイルス対策として、欧州で徒歩や自転車を中心とした都市や道路整備が一気に進む中で、ニーズに追いついていな日本の道路が心配だ。
 

楠田悦子/ モビリティジャーナリスト

〜Profile〜

心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について、分野横断的、多層的に国内外を比較し、社会課題の解決に向けて活動を行っている。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。「東京モーターショー2013 スマートモビリティシティ2013」編集デスク、国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。共著に「最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本 」(ソーテック社2020年)。

【コラム】コペンハーゲンの自転車道整備
欧州では以前から自転車専用道の整備が進められているが、もっとも進んでいるのが、デンマークの首都コペンハーゲンだ。市民の半数は自転車で通勤しているといわれ、市内には、全長約350kmの自転車専用道が整備されている。混雑緩和や歩行者との分離のための自転車専用橋もつくられており、下の写真は湾岸地区につくられた美しい自転車専用橋。勾配を緩くするために、曲線を多用して距離が長くなるように設計されている。このように、自転車道整備には、自動車道とはまったく異なる考え方が必要となるようだ(デジコン編集部)。

yuliya ivanenko / Shutterstock.com
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楠田 悦子

モビリティ―ジャーナリスト。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境について考える活動を行っている。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。
モビリティジャーナリスト楠田悦子と考える、暮らしやすい街づくりとインフラ
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