株式会社日立製作所は、地中の埋設物情報を2次元・3次元データで可視化し、プラットフォームで一元管理・提供する「地中可視化サービス」のサービスを拡充させている。
同サービスは地質調査を手掛ける応用地質株式会社(以下、応用地質)との共同開発で、レーダー探索して収集した地下埋設物情報をAI解析し、2次元・3次元データ化したものをプラットフォームで管理する。
2022年7月には、仙台市との共同研究で市内の下水道管路施設の設計・施工業務に同サービスを活用していくと発表した。
地中可視化サービスの内容やその活用用途、また今後の展望について、日立製作所 公共システム事業部 公共基盤ソリューション本部 社会インフラ保守事業推進センタ 鈴木直哉氏(以下、敬称略)に話をうかがった。
―― まずは「地中可視化サービス」とはどのようなものかを教えていただけますか?
鈴木:地中可視化サービスは、地下探索レーダーを用いて地中の情報を収集し、AI解析を行ったデータをプラットフォームに蓄積しておき、必要な時に必要とされるお客さまへデータを提供します。地下埋設インフラひいては社会インフラ保守のDX化となるツールであり、ICTを使ってDXを進めるためのサービスとなっています。
この地中可視化サービスは地質調査業界の最大手企業「応用地質」との協創事業です。応用地質の有する地下探査レーダーで地下の状況を確認し、その収集データを弊社がAI解析を行いデータベース化しています。
――社会インフラ保守のために共同開発されたのですね。この地中可視化サービスはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
鈴木:社会インフラは高度経済成長期、50年ほど前からさまざまなものが作られましたが、時間が経ち老朽化が進んでおり、改善や保守が欠かせなくなっています。
一方で、これらの設備を保守している作業員は高齢化しており、また新しい人材の確保に苦心しています。社会インフラ保守における課題は、仕事は増える一方で働く人材は減っている、厳しい状況なんですね。
熟練作業員は今すでに45歳以上が半数を占めており、あと15年もすれば熟練者はどんどん減っていき人手不足が顕著になると予測されています。
ただ現状維持をするだけでも大変なのにも関わらず、近年は大規模地震が続いていたり、気候変動によって豪雨災害が増加していたりして社会インフラ保守をとりまく環境は「より良くしていこう」というところまで手が回っていかないという状況とうかがっています。
国としても災害対策として「国土強靭化」に取り組んでおり、被害が大きくならないようにする予防策も一つの手ですが、実際に自然災害が起きた時に社会インフラをいかに迅速に復旧するかという手立ての用意が重要視されています。
――社会インフラ保守を取り巻く人材不足の問題、そして大規模災害への備えというところがキーになっているのですね。
鈴木:大きな方向性としては、今までやってきたことをICTに置き換えていくという考えで、従来は熟練作業員の方々が耳で聞き、肌で感じることでデータ収集していた作業をセンサーに置き換える。
次に熟練作業員の方々がノウハウとして貯めていった暗黙知をAIで代替して分析を行うことで、分析結果としてデータを蓄積していき、最終的にはそれらのデータを必要とする方々に提供するというのがめざした姿です。
センサーで収集したデータ一つひとつをただ提示するのではなく、粒状のデータをまとめたり掛け合わせたりして新しい価値を生み出す“サービス”にすることが大切だと考えているため、コンセプトを「社会インフラ保守サービス」としています。
地中可視化サービスによって、これまでの業務を維持できるだけでなく、より高度にしていければ。そして、大規模災害といった有事に対しても国土強靭化に貢献できれば、というのがコンセプトの基本になっています。
――なるほど。具体的にどのような流れで社会インフラ保守サービスというコンセプトから地中可視化サービスという形になったのでしょうか?
鈴木:社会インフラ保守について各所でヒアリングを行ったところ、図面と現場の実態に差異があるケースがとても多く、現場の方々が切実にお困りだというのが見えてきました。
埋設管の情報は図面で管理されているはずなのですが、実際に掘削してみると図面通りになっておらず、現場でうまく作業が進むように調整する「現場合わせ」が当たり前のようになってしまっている。それが延々と繰り返されており、地中の状態が図面通り、設計通りになっていないというのです。
これにより試掘の回数が多くなったり、配管損傷事故が起きたり、予期せぬ埋設物の対処で工期が遅延したりしてしまう。こういった課題に対して、一層のこと“現場をデータ化する”というソリューションが、この地中可視化サービスなのです。
――現場をデータ化するにあたり、地下情報の収集を応用地質が、AI解析を日立製作所が担っているというのですね。
鈴木:地下情報の収集という部分では、地下の空洞をレーダーで捉えることが事業の始まりでした。
地中をレーダー探索すると、空洞や埋設管、地質境界の部分は波形が山なりになって表示されます。一つの画像に何十個も山なりが表示されるのですが、従来は熟練技術者が何人も膝を詰めてチェックしていました。とても似た波形から空洞か埋設管か地質境界かを判別していたんですね。
――それは大変な作業ですね……。
鈴木:そうなんです。とても時間を要し人手も必要で、何より熟練者でないと判断が難しい業務です。それがAIを使うことで画像に山なりが67個ある中から候補を6個にまで絞り込めるようになりました。
――AI画像解析で一気に候補を絞り込めるようにできたのですね。
鈴木:6個の中から最終的にどれが空洞かはやはり熟練者が判断しないといけないのですが、候補を90%以上削ることができるというのは、格段に作業効率が上がります。
こうして空洞を顕著に検出できるようになってきたことや、レーダー技術の向上により埋設管の波形がより明確に収集できるようになったため、レーダー探査とAI解析を組み合わせることで埋設管の実態を掴めるようになるのではないか、という地中可視化サービスの構想ができたのです。
――そういった経緯があったのですね。地中可視化サービスの開発はいつごろから始まったのですか?
鈴木:地中可視化サービスの検証を始めたのは2019年5月からで、先ほどの話はそれより前の話になりますね。
地中可視化サービスの構想を実現させられるかの検証は、つくば市にある応用地質の研究所で行いました。埋設管を実際に埋めて、全長約260メートルになるテストコースを舗装したのです。そのテストコースにレーダー探索機を走らせ、まずはデータが取れるか試してみて、次にそのデータをAIにかけたときに埋設管を識別できるか検証していきました。
リリース版の地中可視化サービスの地中データは、応用地質が保有する地中レーダー探査車を全国に走らせて取得しています。取得した地中データを日立製作所がAIを使って画像解析を行い、その結果を元に2次元や3次元のデータを生成しています。
探査実績としては全国で約280キロメートルを探査しています。現在では探査の精度はプラス・マイナス15センチメートルにまで高まっています。
――誤差15センチの範囲にまで精度は上がっているのですか。
鈴木:またお客さまのご要望に合わせて、個別に埋設物の情報をいただければその情報を加えてご希望の地下3次元画像を提供しています。
――地中可視化サービスは探索データをAI解析するだけでなく、データの2次元化・3次元化まで手掛けているんですね。
鈴木:そうです。基本的には3次元で見える画像となっており、上から見下ろす方向なら2次元で表示されます。お客さまには管路情報を含む2次元・3次元データを提供しています。
――活用用途としてはどのようなケースに使えるのでしょうか?
鈴木:例えば、掘削工事を行う場合、現状では道路占用事業者が占用協議という形で工事の場所や時期を調整しているとうかがっています。ただ私たちが聞き及ぶところでは、埋設物とひとくちに言ってもガス管、上水菅、下水管いずれも図面の作り方が異なり、見方もそれぞれで、他社の図面はわかりにくいのだそうです。
――業界や企業によって独特なものがあるんですね。
鈴木:はい、見慣れればわかっていくのでしょうが初心者には難しいため、図面ではなく3次元の画像で表示させると。従来の紙図面であれば集まって図面を見ながら会話する必要がありますが、コロナ禍のような状況では集まりにくいですよね。したがって3次元などにすれば、遠隔で打ち合わせが可能になります。
また、設計業務の効率化にもつながると考えています。最新の事例として、仙台市さまと弊社の共同研究で市内の下水道管路施設の設計・施工業務にこの地中可視化サービスを活用し始めました(※)。
これまでは図面ベースで設計しても掘削してみると把握していた情報と現場が異なり設計工程への手戻りが発生しがちだったところに、地中可視化サービスを活用してまずどこに何があるかがわかった上で設計していこうと試みています。
施工現場も同様で、図面を読むのに慣れていない初心者にも3次元画像は見やすいでしょうし、話を聞いてイメージを膨らませるより画像で見れば一目でわかる情報も多いはず。地中可視化サービスで現場での事故や業務の手戻りを防止できるのではないかと考えています。
――地中が“見える化”することで大幅に業務効率は上がりそうですし、事故の防止が期待できるというのは、とてもいいですね。
鈴木:はい、現場で使う方々の利便性の面もそうですが、自治体の目線で見れば、手戻りが省けたり試掘の回数を抑えられたりすることで重機の使用がより効率的、効果的になりCO2排出量を抑えられます。
――重機の無駄な稼働を省くことで環境負荷を軽減させるというのは、確かに重要な視点です。
鈴木:また、工事が増えると道路交通規制が増えてしまいますので、う回に伴う交通事故の発生を抑えたり、周辺住民の利便性を向上させられたりするのではないかと考えています。
次に国土強靭化への貢献という観点では、無電柱化にも有効かと考えています。有事への備えに向けて国も推進していますが、これも他の掘削工事と同様に設計の手戻りが多発して大変時間がかかっていますので地中可視化サービスをお役立ていただければうれしいです。
また、自然災害の際にも、まずは紙図面を集めて現場で確認しているとうかがっていますので、そういうケースであっても迅速な対応に寄与できるのではないかと考えています。
――さまざまなケースに活用できそうですね。地中可視化サービスのストロングポイントはどこだとお考えですか?
鈴木:日立は以前より「IT×OT×プロダクト」による価値創出を重視していまして、地中可視化サービスにおいてはOT(Operational Technology/社会インフラを動かすための制御・運用技術)やプロダクトに関しては応用地質が強みをお持ちなので、そのノウハウを頂きながらAI開発を進めてきました。
こうしたシステムは、私どもだけが作れるというわけではないと思いますが、地下のことを何も知らない、知識ゼロのところから色々と教えていただきながらAIを開発し、ここまで作り上げたという自負はあります。
――実証を始めてから3年ほどでサービス提供に至ったとのことで、相当な努力をされたのではと想像します。地中可視化サービスのAIに使われた教師データは応用地質が持つ情報を利用されたのですね?
鈴木:はい。レーダー画像を扱うものなので教師データも画像を用いているのですが、その画像が正しいかどうか選定するのが大事なポイントとなります。
――その選定には苦労されたと。
鈴木:苦労しましたね。技術実証の一環で、実際に掘削予定の現場にお願いしてレーダー探索をさせていただくなどして情報を集めていきました。
――これまでの実績としてはどのようなものがありますか?
鈴木:現在までに自治体や民間のガス会社、電力会社など全国28の事業体で技術実証にご協力いただいています。中には埋設物を保有している工場などもあります。
――すでに全国各地でレーダー探索を行い、3次元化を行っているんですね。
鈴木:はい、サービスとして提供開始しており、引き合いは増え続けています。最近では水道ICT情報連絡会という全国の水道事業体が集まる会で当サービスを紹介させていただきました。
埋設物というのは最初に計画があって、設計、施工、管理というサイクルがあり、各工程に課題があります。設計なら必要な情報が不足しているとか、施工なら正確な図面がなくて頑張って手堀りして確認してからやっと重機を呼べるとか……。
管理していくにしても長距離の管路を持っていて全体的に古くなってしまい、改修するのにどこから手をつけたらいいか判断が付かないといったケースで相談を受けることがありますね。
あらゆる困りごとがある中で当サービスをお役立ていただき、用途はそれぞれ異なるでしょうが解決の手立てになればうれしいです。
――今後のロードマップはどのように描かれているのでしょうか?
鈴木:地中可視化サービスは2021年4月から提供開始し、12月よりプラットフォームを介したサービス提供を始めています。これが完成形ではなく、オンライン型のサービスですので機能は順次アップグレードしていく計画です。
他には、まだ少し先の計画になりますが、地中可視化サービスのデータをICT建機と共有させる検討もしています。
いろいろとお話を伺っている中で、私たちITベンダーが使いやすのではと考えるものと現場の方々が使いやすいものには乖離があると気づきまして、現場の方がより使いやすい形をめざして開発を進めています。
あとはこのサービスだけではないと思いますが、新しいものを取り入れて自分の仕事を変えていくというのはハードルが高いものです。そこをどう進めていくかというのは大きな課題の一つと言えるでしょう。
――新しいものを取り入れるのに抵抗感はあるでしょうね。
鈴木: そのようです。とはいえ、先日、「メンテナンス・レジリエンス TOKYO 2022」に出展した際には、他メーカーの方から「こういう技術は今までなかった」とのお声を頂きました。
地下埋設物の可視化といった技術は弊社が先駆けというわけではありません。ただ、この業界でこれまでこういった技術に興味を持たれていなかった方が徐々に意識を持ち始め、関心が高まってきて来ているのではないかと感じています。
――この先、地中可視化サービスはどんな展開があるのか構想段階のことも教えていただけますでしょうか?
鈴木:ICT建機というと、海外の広大な土地に重機を自動で走らせるマシンコントロールのイメージがあるかと思いますが、マシンコントロールの機械は徐々に小型化しています。世界的に見ても小型建機の需要は非常に高まっているんですね。
小さな施工でどこまでやる必要があるのかという意見もありますが、従来の測量や打ち合わせの手間を考えると地中可視化サービスが持つデータをマシンコントロールに活用することで業務を効率化させられるでしょう。現在はどういった形で実現させていくかを検討しています。
――実現可能性を強く感じるお話ですね。ポイントとなるのはおそらくデータをどのタイミングでどのような形で渡すかといったところでしょうか。
鈴木:そうですね。CADですとかBIM/CIMに対応させていくにしても、データフォーマットがさまざまあり、どういったものが使いやすいかも調査しているところです。
――土木・建設系のソフトは多種多様ですし、どのようなものと連携できるようになるのか気になるところです。地中可視化サービスのような先端技術や新しい分野に関するサービスは価格も高いようなイメージがありますが?
鈴木:お客さまは、例えばガスの導管事業者というような立場の方もいれば設計会社や施工会社もあり、そうなると使用する業務シーンが限られることで使用される機能の範囲も狭くなると思います。ご利用範囲が狭いと価格が見合わなく感じてしまうというのは私たちも把握しており、その調整の必要性は感じていますね。
――土木・建設業界は建設コンサルタントであるとか施工、測量、調査などプロセスごとに業種が細かく分かれており、その多くは規模もそれほど大きくありません。そのような中小規模の会社にも手を出しやすい価格になるといいのではと思います。
鈴木:今はまだコンテンツが拡充しきれておらず、お話をいただいたところに対応しているような形になっていますが、このサービスがめざすのは全国の地中を可視化してその埋設物情報を扱うとともに1区画単位でデータを手軽に購入できるという状態です。
――自治体では3次元点群データを一般公開する静岡県の「VIRTUAL SHIZUOKA」がありますが、民間企業発で、全国規模で地中3次元データを公開されていくとのことで、今後の展開が非常に楽しみです。
鈴木:全国を網羅するというのはまだ構想段階で、実際にどのくらい時間がかかるのか未知な部分もありますが、地中可視化サービスが認知されていくことで加速していくのではないかという期待もあります。
【編集部 後記】
掘削現場にて、掘ってみたら図面と実態が全く異なっていたという展開は常態化しており、掘削工事に関わる人々は諦めの境地に近いものがあったのではないだろうか。
地中をいかに“見える化”するかという課題に対し、地下探索レーダーとAI解析を組み合わせて3次元画像で示すというソリューションを行ったのが「地中可視化サービス」である。
3次元化されたエリアを拡大させつつ当面は要望に応える形で機能追加していく計画だという。アイデア次第でさまざまな活用法がありそうで今後の展開が期待される。
日立製作所
東京都千代田区丸の内1-6-6
WEB:www.hitachi.co.jp/
同サービスは地質調査を手掛ける応用地質株式会社(以下、応用地質)との共同開発で、レーダー探索して収集した地下埋設物情報をAI解析し、2次元・3次元データ化したものをプラットフォームで管理する。
2022年7月には、仙台市との共同研究で市内の下水道管路施設の設計・施工業務に同サービスを活用していくと発表した。
地中可視化サービスの内容やその活用用途、また今後の展望について、日立製作所 公共システム事業部 公共基盤ソリューション本部 社会インフラ保守事業推進センタ 鈴木直哉氏(以下、敬称略)に話をうかがった。
社会インフラ保守に関わる人材不足や大規模災害に備え
―― まずは「地中可視化サービス」とはどのようなものかを教えていただけますか?
鈴木:地中可視化サービスは、地下探索レーダーを用いて地中の情報を収集し、AI解析を行ったデータをプラットフォームに蓄積しておき、必要な時に必要とされるお客さまへデータを提供します。地下埋設インフラひいては社会インフラ保守のDX化となるツールであり、ICTを使ってDXを進めるためのサービスとなっています。
この地中可視化サービスは地質調査業界の最大手企業「応用地質」との協創事業です。応用地質の有する地下探査レーダーで地下の状況を確認し、その収集データを弊社がAI解析を行いデータベース化しています。
――社会インフラ保守のために共同開発されたのですね。この地中可視化サービスはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
鈴木:社会インフラは高度経済成長期、50年ほど前からさまざまなものが作られましたが、時間が経ち老朽化が進んでおり、改善や保守が欠かせなくなっています。
一方で、これらの設備を保守している作業員は高齢化しており、また新しい人材の確保に苦心しています。社会インフラ保守における課題は、仕事は増える一方で働く人材は減っている、厳しい状況なんですね。
熟練作業員は今すでに45歳以上が半数を占めており、あと15年もすれば熟練者はどんどん減っていき人手不足が顕著になると予測されています。
ただ現状維持をするだけでも大変なのにも関わらず、近年は大規模地震が続いていたり、気候変動によって豪雨災害が増加していたりして社会インフラ保守をとりまく環境は「より良くしていこう」というところまで手が回っていかないという状況とうかがっています。
国としても災害対策として「国土強靭化」に取り組んでおり、被害が大きくならないようにする予防策も一つの手ですが、実際に自然災害が起きた時に社会インフラをいかに迅速に復旧するかという手立ての用意が重要視されています。
――社会インフラ保守を取り巻く人材不足の問題、そして大規模災害への備えというところがキーになっているのですね。
鈴木:大きな方向性としては、今までやってきたことをICTに置き換えていくという考えで、従来は熟練作業員の方々が耳で聞き、肌で感じることでデータ収集していた作業をセンサーに置き換える。
次に熟練作業員の方々がノウハウとして貯めていった暗黙知をAIで代替して分析を行うことで、分析結果としてデータを蓄積していき、最終的にはそれらのデータを必要とする方々に提供するというのがめざした姿です。
センサーで収集したデータ一つひとつをただ提示するのではなく、粒状のデータをまとめたり掛け合わせたりして新しい価値を生み出す“サービス”にすることが大切だと考えているため、コンセプトを「社会インフラ保守サービス」としています。
地中可視化サービスによって、これまでの業務を維持できるだけでなく、より高度にしていければ。そして、大規模災害といった有事に対しても国土強靭化に貢献できれば、というのがコンセプトの基本になっています。
――なるほど。具体的にどのような流れで社会インフラ保守サービスというコンセプトから地中可視化サービスという形になったのでしょうか?
鈴木:社会インフラ保守について各所でヒアリングを行ったところ、図面と現場の実態に差異があるケースがとても多く、現場の方々が切実にお困りだというのが見えてきました。
埋設管の情報は図面で管理されているはずなのですが、実際に掘削してみると図面通りになっておらず、現場でうまく作業が進むように調整する「現場合わせ」が当たり前のようになってしまっている。それが延々と繰り返されており、地中の状態が図面通り、設計通りになっていないというのです。
これにより試掘の回数が多くなったり、配管損傷事故が起きたり、予期せぬ埋設物の対処で工期が遅延したりしてしまう。こういった課題に対して、一層のこと“現場をデータ化する”というソリューションが、この地中可視化サービスなのです。
――現場をデータ化するにあたり、地下情報の収集を応用地質が、AI解析を日立製作所が担っているというのですね。
鈴木:地下情報の収集という部分では、地下の空洞をレーダーで捉えることが事業の始まりでした。
地中をレーダー探索すると、空洞や埋設管、地質境界の部分は波形が山なりになって表示されます。一つの画像に何十個も山なりが表示されるのですが、従来は熟練技術者が何人も膝を詰めてチェックしていました。とても似た波形から空洞か埋設管か地質境界かを判別していたんですね。
――それは大変な作業ですね……。
鈴木:そうなんです。とても時間を要し人手も必要で、何より熟練者でないと判断が難しい業務です。それがAIを使うことで画像に山なりが67個ある中から候補を6個にまで絞り込めるようになりました。
――AI画像解析で一気に候補を絞り込めるようにできたのですね。
鈴木:6個の中から最終的にどれが空洞かはやはり熟練者が判断しないといけないのですが、候補を90%以上削ることができるというのは、格段に作業効率が上がります。
こうして空洞を顕著に検出できるようになってきたことや、レーダー技術の向上により埋設管の波形がより明確に収集できるようになったため、レーダー探査とAI解析を組み合わせることで埋設管の実態を掴めるようになるのではないか、という地中可視化サービスの構想ができたのです。
埋設管を埋めたテストコースの舗装から実証をスタート
――そういった経緯があったのですね。地中可視化サービスの開発はいつごろから始まったのですか?
鈴木:地中可視化サービスの検証を始めたのは2019年5月からで、先ほどの話はそれより前の話になりますね。
地中可視化サービスの構想を実現させられるかの検証は、つくば市にある応用地質の研究所で行いました。埋設管を実際に埋めて、全長約260メートルになるテストコースを舗装したのです。そのテストコースにレーダー探索機を走らせ、まずはデータが取れるか試してみて、次にそのデータをAIにかけたときに埋設管を識別できるか検証していきました。
リリース版の地中可視化サービスの地中データは、応用地質が保有する地中レーダー探査車を全国に走らせて取得しています。取得した地中データを日立製作所がAIを使って画像解析を行い、その結果を元に2次元や3次元のデータを生成しています。
探査実績としては全国で約280キロメートルを探査しています。現在では探査の精度はプラス・マイナス15センチメートルにまで高まっています。
――誤差15センチの範囲にまで精度は上がっているのですか。
鈴木:またお客さまのご要望に合わせて、個別に埋設物の情報をいただければその情報を加えてご希望の地下3次元画像を提供しています。
――地中可視化サービスは探索データをAI解析するだけでなく、データの2次元化・3次元化まで手掛けているんですね。
鈴木:そうです。基本的には3次元で見える画像となっており、上から見下ろす方向なら2次元で表示されます。お客さまには管路情報を含む2次元・3次元データを提供しています。
地中を3次元化することで設計・施工を効率化
――活用用途としてはどのようなケースに使えるのでしょうか?
鈴木:例えば、掘削工事を行う場合、現状では道路占用事業者が占用協議という形で工事の場所や時期を調整しているとうかがっています。ただ私たちが聞き及ぶところでは、埋設物とひとくちに言ってもガス管、上水菅、下水管いずれも図面の作り方が異なり、見方もそれぞれで、他社の図面はわかりにくいのだそうです。
――業界や企業によって独特なものがあるんですね。
鈴木:はい、見慣れればわかっていくのでしょうが初心者には難しいため、図面ではなく3次元の画像で表示させると。従来の紙図面であれば集まって図面を見ながら会話する必要がありますが、コロナ禍のような状況では集まりにくいですよね。したがって3次元などにすれば、遠隔で打ち合わせが可能になります。
また、設計業務の効率化にもつながると考えています。最新の事例として、仙台市さまと弊社の共同研究で市内の下水道管路施設の設計・施工業務にこの地中可視化サービスを活用し始めました(※)。
これまでは図面ベースで設計しても掘削してみると把握していた情報と現場が異なり設計工程への手戻りが発生しがちだったところに、地中可視化サービスを活用してまずどこに何があるかがわかった上で設計していこうと試みています。
施工現場も同様で、図面を読むのに慣れていない初心者にも3次元画像は見やすいでしょうし、話を聞いてイメージを膨らませるより画像で見れば一目でわかる情報も多いはず。地中可視化サービスで現場での事故や業務の手戻りを防止できるのではないかと考えています。
――地中が“見える化”することで大幅に業務効率は上がりそうですし、事故の防止が期待できるというのは、とてもいいですね。
鈴木:はい、現場で使う方々の利便性の面もそうですが、自治体の目線で見れば、手戻りが省けたり試掘の回数を抑えられたりすることで重機の使用がより効率的、効果的になりCO2排出量を抑えられます。
――重機の無駄な稼働を省くことで環境負荷を軽減させるというのは、確かに重要な視点です。
鈴木:また、工事が増えると道路交通規制が増えてしまいますので、う回に伴う交通事故の発生を抑えたり、周辺住民の利便性を向上させられたりするのではないかと考えています。
次に国土強靭化への貢献という観点では、無電柱化にも有効かと考えています。有事への備えに向けて国も推進していますが、これも他の掘削工事と同様に設計の手戻りが多発して大変時間がかかっていますので地中可視化サービスをお役立ていただければうれしいです。
また、自然災害の際にも、まずは紙図面を集めて現場で確認しているとうかがっていますので、そういうケースであっても迅速な対応に寄与できるのではないかと考えています。
――さまざまなケースに活用できそうですね。地中可視化サービスのストロングポイントはどこだとお考えですか?
鈴木:日立は以前より「IT×OT×プロダクト」による価値創出を重視していまして、地中可視化サービスにおいてはOT(Operational Technology/社会インフラを動かすための制御・運用技術)やプロダクトに関しては応用地質が強みをお持ちなので、そのノウハウを頂きながらAI開発を進めてきました。
こうしたシステムは、私どもだけが作れるというわけではないと思いますが、地下のことを何も知らない、知識ゼロのところから色々と教えていただきながらAIを開発し、ここまで作り上げたという自負はあります。
――実証を始めてから3年ほどでサービス提供に至ったとのことで、相当な努力をされたのではと想像します。地中可視化サービスのAIに使われた教師データは応用地質が持つ情報を利用されたのですね?
鈴木:はい。レーダー画像を扱うものなので教師データも画像を用いているのですが、その画像が正しいかどうか選定するのが大事なポイントとなります。
――その選定には苦労されたと。
鈴木:苦労しましたね。技術実証の一環で、実際に掘削予定の現場にお願いしてレーダー探索をさせていただくなどして情報を集めていきました。
――これまでの実績としてはどのようなものがありますか?
鈴木:現在までに自治体や民間のガス会社、電力会社など全国28の事業体で技術実証にご協力いただいています。中には埋設物を保有している工場などもあります。
――すでに全国各地でレーダー探索を行い、3次元化を行っているんですね。
鈴木:はい、サービスとして提供開始しており、引き合いは増え続けています。最近では水道ICT情報連絡会という全国の水道事業体が集まる会で当サービスを紹介させていただきました。
埋設物というのは最初に計画があって、設計、施工、管理というサイクルがあり、各工程に課題があります。設計なら必要な情報が不足しているとか、施工なら正確な図面がなくて頑張って手堀りして確認してからやっと重機を呼べるとか……。
管理していくにしても長距離の管路を持っていて全体的に古くなってしまい、改修するのにどこから手をつけたらいいか判断が付かないといったケースで相談を受けることがありますね。
あらゆる困りごとがある中で当サービスをお役立ていただき、用途はそれぞれ異なるでしょうが解決の手立てになればうれしいです。
今後は3次元データの二次活用の方法を模索
――今後のロードマップはどのように描かれているのでしょうか?
鈴木:地中可視化サービスは2021年4月から提供開始し、12月よりプラットフォームを介したサービス提供を始めています。これが完成形ではなく、オンライン型のサービスですので機能は順次アップグレードしていく計画です。
他には、まだ少し先の計画になりますが、地中可視化サービスのデータをICT建機と共有させる検討もしています。
いろいろとお話を伺っている中で、私たちITベンダーが使いやすのではと考えるものと現場の方々が使いやすいものには乖離があると気づきまして、現場の方がより使いやすい形をめざして開発を進めています。
あとはこのサービスだけではないと思いますが、新しいものを取り入れて自分の仕事を変えていくというのはハードルが高いものです。そこをどう進めていくかというのは大きな課題の一つと言えるでしょう。
――新しいものを取り入れるのに抵抗感はあるでしょうね。
鈴木: そのようです。とはいえ、先日、「メンテナンス・レジリエンス TOKYO 2022」に出展した際には、他メーカーの方から「こういう技術は今までなかった」とのお声を頂きました。
地下埋設物の可視化といった技術は弊社が先駆けというわけではありません。ただ、この業界でこれまでこういった技術に興味を持たれていなかった方が徐々に意識を持ち始め、関心が高まってきて来ているのではないかと感じています。
将来的には地下データを1区画単位で購入できるように
――この先、地中可視化サービスはどんな展開があるのか構想段階のことも教えていただけますでしょうか?
鈴木:ICT建機というと、海外の広大な土地に重機を自動で走らせるマシンコントロールのイメージがあるかと思いますが、マシンコントロールの機械は徐々に小型化しています。世界的に見ても小型建機の需要は非常に高まっているんですね。
小さな施工でどこまでやる必要があるのかという意見もありますが、従来の測量や打ち合わせの手間を考えると地中可視化サービスが持つデータをマシンコントロールに活用することで業務を効率化させられるでしょう。現在はどういった形で実現させていくかを検討しています。
――実現可能性を強く感じるお話ですね。ポイントとなるのはおそらくデータをどのタイミングでどのような形で渡すかといったところでしょうか。
鈴木:そうですね。CADですとかBIM/CIMに対応させていくにしても、データフォーマットがさまざまあり、どういったものが使いやすいかも調査しているところです。
――土木・建設系のソフトは多種多様ですし、どのようなものと連携できるようになるのか気になるところです。地中可視化サービスのような先端技術や新しい分野に関するサービスは価格も高いようなイメージがありますが?
鈴木:お客さまは、例えばガスの導管事業者というような立場の方もいれば設計会社や施工会社もあり、そうなると使用する業務シーンが限られることで使用される機能の範囲も狭くなると思います。ご利用範囲が狭いと価格が見合わなく感じてしまうというのは私たちも把握しており、その調整の必要性は感じていますね。
――土木・建設業界は建設コンサルタントであるとか施工、測量、調査などプロセスごとに業種が細かく分かれており、その多くは規模もそれほど大きくありません。そのような中小規模の会社にも手を出しやすい価格になるといいのではと思います。
鈴木:今はまだコンテンツが拡充しきれておらず、お話をいただいたところに対応しているような形になっていますが、このサービスがめざすのは全国の地中を可視化してその埋設物情報を扱うとともに1区画単位でデータを手軽に購入できるという状態です。
――自治体では3次元点群データを一般公開する静岡県の「VIRTUAL SHIZUOKA」がありますが、民間企業発で、全国規模で地中3次元データを公開されていくとのことで、今後の展開が非常に楽しみです。
鈴木:全国を網羅するというのはまだ構想段階で、実際にどのくらい時間がかかるのか未知な部分もありますが、地中可視化サービスが認知されていくことで加速していくのではないかという期待もあります。
【編集部 後記】
掘削現場にて、掘ってみたら図面と実態が全く異なっていたという展開は常態化しており、掘削工事に関わる人々は諦めの境地に近いものがあったのではないだろうか。
地中をいかに“見える化”するかという課題に対し、地下探索レーダーとAI解析を組み合わせて3次元画像で示すというソリューションを行ったのが「地中可視化サービス」である。
3次元化されたエリアを拡大させつつ当面は要望に応える形で機能追加していく計画だという。アイデア次第でさまざまな活用法がありそうで今後の展開が期待される。
日立製作所
東京都千代田区丸の内1-6-6
WEB:www.hitachi.co.jp/
WRITTEN by
三浦 るり
2006年よりライターのキャリアをスタートし、2012年よりフリーに。人材業界でさまざまな業界・分野に触れてきた経験を活かし、幅広くライティングを手掛ける。現在は特に建築や不動産、さらにはDX分野を探究中。
建設土木の未来を
ICTで変えるメディア