2016年に設立し、ディープラーニングを軸にAIの開発を手がけるスタートアップ「Rist(リスト)(東京都・目黒区)」。京セラコミュニケーションシステムの子会社であり、製造業を中心に土木・建築・不動産業などに対応し、ロボット事業、3次元データ解析、水質検査ソリューションなどのサービスを広げてきた。
そして2019年、山岳トンネル工事での発破状況の良否を判定するシステム「ブラスト・アイ」をゼネコン戸田建設株式会社(以下、戸田建設)と共同開発。Ristの先進的プロダクトを広めるために、日々尽力されている、画像AI 「Deep Inspection事業」のPM(プロジェクトマネージャー)樺澤達将氏 に話をうかがった。
ーー 戸田建設と共同開発を行うきっかけを、まずは教えてください。
樺澤氏 2018年に、AI関連の企業や開発者などが集まる大規模なイベント「AI・人工知能 EXPO」で、戸田建設の方と弊社創業者の遠野が出会ったのがきっかけでした。もともと戸田建設さんの中でAIを活用したトンネル発破良否判定システム「ブラスト・アイ」のコンセプトがあり、開発を依頼できるAIベンダーを探されていたようです。
そんな中で、当時立ち上げたばかりで社員3名程のAIベンチャーだった当社に声をかけていただきました。それまで私たちがAI開発に携わってきたのは製造業が中心だったので、建設業にもAIの需要があることが新鮮に感じましたね。
ーー そこからプロジェクトがスタートしたのですね。そもそも「ブラスト・アイ」のコンセプトとは?
樺澤氏 山岳トンネル工事では、約1mから2mごとに爆薬を爆発させて山の中を切り崩していきます。しかも、地質が不連続なため、発破のたびに次の発破パターンを検討する必要があって……。そのために何度も、切り羽(トンネル掘削中の最前線) と飛び石(発破して飛び散った岩塊)の形状から、発破の適切性を判定するんです。
例えば、爆薬の量や設置の仕方が適切だときれいに飛び石が積もりますが、爆薬の量に過不足があったり位置・角度がずれたりすると飛び石の積もり方が変わってしまうんですね。
従来は現場の技能者が飛び石の状況を見ながら「今のは不良な発破だったから次は爆薬を減らそう」など、技能者の経験と感覚で判断していましたが、そこをAIですべて自動化して作業効率を上げることが「ブラスト・アイ」のメインコンセプトです。
樺澤氏 自動化するには、まずは「飛び石の形状をどう表現してどう採取するか」というセンシング技術が重要です。そこで戸田建設さん側で、実際のトンネル内に自律飛行型のドローンを飛ばし、発破後の飛び石の写真をあらゆる角度から自動撮影して3次元データを作成できるようにしました。
このドローンカメラによって、トンネルのようなGPSが受信できずに長くて狭い連続空間でも、現場を“見える化”できます。これが、「ブラスト・アイ」の技術の一つであり最大の特徴でもある「Blast Eye」です。
次に当社でディープラーニングによって、飛び石の3次元データと熟練技能者の良否判定データを教師データとして学習させ、人に代わって発破の適切性を判定するAIモデルを開発していきました。これが、「ブラスト・アイ」の技術の二つ目の特徴、良否判定システム「Blast AI」です。この「Blast Eye」「Blast AI」を組み合わせて生まれたのが「ブラスト・アイ」なんです。
ーー スタートから完成までの期間はどのくらいかかったのでしょうか?
樺澤氏 先進的なプロジェクトであり研究的な側面もあったので、スケジュールは重要視していませんでしたが、完成までの期間は約1年程度ですかね。戸田建設さん側の指針や進め方が明確で、現場の課題が出てきた際も密に相談しながら解決していけたので、開発のスピード感は早かったと思いますね。
ーー 1年!それはスピーディですね。 建設業界ならではのAI開発で苦労した点についても教えてください。
樺澤氏 当時はディープラーニングで3次元データを扱うこと自体が新しい取り組みだったので、使えるデータのフォーマットを検討することから始まり、想定以上に苦戦しました。また、AIモデルの学習のためにトンネル施工現場の教師データをどう集めるかも課題になりましたね。
議論の結果、戸田建設さんがトンネルの模型をつくり、「良好な発破」「普通の発破」「不良な発破」という3パターンの飛び石の形状を再現し、デジタルカメラで撮影して3次元データを作成いただくことに。
さらに、実際にさまざまな飛び石の形状から熟練技術者が良否判定をした学習用データを約150組準備していただきました。戸田建設さんに多くの仮想データを収集していただけたので、当社では「データをいかに使って良いモデルをつくれるか」というAIの開発に注力できましたね。
ーー なるほど。「ブラスト・アイ」導入によって現場はどう変化していくとお考えでしょうか。
樺澤氏 建設作業員の安全性確保や作業効率の向上、省人化につながるのはもちろん、判断基準の統一化、良否判定の品質向上といった技術面のメリットも大きいと思います。もともとこのトンネル発破の良否判定は熟練工が行っていますが、明確な判断基準がありません。
一人ひとりのスキルや感覚によって、判断基準がぶれることもあります。そこをAIに自動で判断させることで、基準を統一でき、いつでもどこでも精度の高い判定をスピーディーに行えます。また、建設業界の若者離れが進む中、熟練の技能者から新しい世代へ技術継承ができないという大きな課題についても解決の糸口を示せると考えています。
ーー 今回のプロジェクトに参加して、スタートアップ企業として建設業界には新しい可能性があると感じましたか?
樺澤氏 日本の建設業界は、DXやIoTなどの先進的なIT技術の導入が、まだまだ遅れているという話をよく聞きますので、確実にAIやディープラーニングの需要があると感じています。当社の技術が建設業界の発展に貢献できるのでしたら、今後も積極的に携わっていきたいと思っています。
ーー 最後に、Ristとしての今後の目標を教えてください。
樺澤氏 もともと当社の主軸のサービスは、ディープラーニングを活用したAI画像認識システム「Deep Inspection」ですが、今年から、AIとロボティクスの開発・実装を行う「Deep Robotics」、データ分析を中心とした「Deep Analytics」などの新サービスにも力を入れています。
とくに最近はロボット開発にも注力しております。ですので、近い将来「Rist」 =「AI&ロボット開発に強い企業」というイメージを持っていただき、建設業界はもちろん、あらゆる業界のお客様ニーズに合わせて、最適なプロダクトをフルスクラッチで開発し、ひとつでも多くの課題を解決していきたいですね。
【編集部 後記】
山岳トンネル工事という難度の高い土木現場での自動化に向けて、大きな可能性が高まる「ブラスト・アイ」。Ristではこの戸田建設との共同開発きっかけに、建設・土木業界の仕事も広がっているという。建設業者と高度なAI技術をもつスタートアップ企業の連携が、建設業界を変える大きな力になるだろう。
そして2019年、山岳トンネル工事での発破状況の良否を判定するシステム「ブラスト・アイ」をゼネコン戸田建設株式会社(以下、戸田建設)と共同開発。Ristの先進的プロダクトを広めるために、日々尽力されている、画像AI 「Deep Inspection事業」のPM(プロジェクトマネージャー)樺澤達将氏 に話をうかがった。
建設業界にもAIのニーズがあることが、新鮮だった
ーー 戸田建設と共同開発を行うきっかけを、まずは教えてください。
樺澤氏 2018年に、AI関連の企業や開発者などが集まる大規模なイベント「AI・人工知能 EXPO」で、戸田建設の方と弊社創業者の遠野が出会ったのがきっかけでした。もともと戸田建設さんの中でAIを活用したトンネル発破良否判定システム「ブラスト・アイ」のコンセプトがあり、開発を依頼できるAIベンダーを探されていたようです。
そんな中で、当時立ち上げたばかりで社員3名程のAIベンチャーだった当社に声をかけていただきました。それまで私たちがAI開発に携わってきたのは製造業が中心だったので、建設業にもAIの需要があることが新鮮に感じましたね。
ーー そこからプロジェクトがスタートしたのですね。そもそも「ブラスト・アイ」のコンセプトとは?
樺澤氏 山岳トンネル工事では、約1mから2mごとに爆薬を爆発させて山の中を切り崩していきます。しかも、地質が不連続なため、発破のたびに次の発破パターンを検討する必要があって……。そのために何度も、切り羽(トンネル掘削中の最前線) と飛び石(発破して飛び散った岩塊)の形状から、発破の適切性を判定するんです。
例えば、爆薬の量や設置の仕方が適切だときれいに飛び石が積もりますが、爆薬の量に過不足があったり位置・角度がずれたりすると飛び石の積もり方が変わってしまうんですね。
従来は現場の技能者が飛び石の状況を見ながら「今のは不良な発破だったから次は爆薬を減らそう」など、技能者の経験と感覚で判断していましたが、そこをAIですべて自動化して作業効率を上げることが「ブラスト・アイ」のメインコンセプトです。
ドローン + AIで自動化へ。模型や仮想データも駆使
樺澤氏 自動化するには、まずは「飛び石の形状をどう表現してどう採取するか」というセンシング技術が重要です。そこで戸田建設さん側で、実際のトンネル内に自律飛行型のドローンを飛ばし、発破後の飛び石の写真をあらゆる角度から自動撮影して3次元データを作成できるようにしました。
このドローンカメラによって、トンネルのようなGPSが受信できずに長くて狭い連続空間でも、現場を“見える化”できます。これが、「ブラスト・アイ」の技術の一つであり最大の特徴でもある「Blast Eye」です。
次に当社でディープラーニングによって、飛び石の3次元データと熟練技能者の良否判定データを教師データとして学習させ、人に代わって発破の適切性を判定するAIモデルを開発していきました。これが、「ブラスト・アイ」の技術の二つ目の特徴、良否判定システム「Blast AI」です。この「Blast Eye」「Blast AI」を組み合わせて生まれたのが「ブラスト・アイ」なんです。
ーー スタートから完成までの期間はどのくらいかかったのでしょうか?
樺澤氏 先進的なプロジェクトであり研究的な側面もあったので、スケジュールは重要視していませんでしたが、完成までの期間は約1年程度ですかね。戸田建設さん側の指針や進め方が明確で、現場の課題が出てきた際も密に相談しながら解決していけたので、開発のスピード感は早かったと思いますね。
ーー 1年!それはスピーディですね。 建設業界ならではのAI開発で苦労した点についても教えてください。
樺澤氏 当時はディープラーニングで3次元データを扱うこと自体が新しい取り組みだったので、使えるデータのフォーマットを検討することから始まり、想定以上に苦戦しました。また、AIモデルの学習のためにトンネル施工現場の教師データをどう集めるかも課題になりましたね。
議論の結果、戸田建設さんがトンネルの模型をつくり、「良好な発破」「普通の発破」「不良な発破」という3パターンの飛び石の形状を再現し、デジタルカメラで撮影して3次元データを作成いただくことに。
さらに、実際にさまざまな飛び石の形状から熟練技術者が良否判定をした学習用データを約150組準備していただきました。戸田建設さんに多くの仮想データを収集していただけたので、当社では「データをいかに使って良いモデルをつくれるか」というAIの開発に注力できましたね。
熟練工頼みだった良否判定をAIに任せることで、若い世代も働きやすく
ーー なるほど。「ブラスト・アイ」導入によって現場はどう変化していくとお考えでしょうか。
樺澤氏 建設作業員の安全性確保や作業効率の向上、省人化につながるのはもちろん、判断基準の統一化、良否判定の品質向上といった技術面のメリットも大きいと思います。もともとこのトンネル発破の良否判定は熟練工が行っていますが、明確な判断基準がありません。
一人ひとりのスキルや感覚によって、判断基準がぶれることもあります。そこをAIに自動で判断させることで、基準を統一でき、いつでもどこでも精度の高い判定をスピーディーに行えます。また、建設業界の若者離れが進む中、熟練の技能者から新しい世代へ技術継承ができないという大きな課題についても解決の糸口を示せると考えています。
ーー 今回のプロジェクトに参加して、スタートアップ企業として建設業界には新しい可能性があると感じましたか?
樺澤氏 日本の建設業界は、DXやIoTなどの先進的なIT技術の導入が、まだまだ遅れているという話をよく聞きますので、確実にAIやディープラーニングの需要があると感じています。当社の技術が建設業界の発展に貢献できるのでしたら、今後も積極的に携わっていきたいと思っています。
ーー 最後に、Ristとしての今後の目標を教えてください。
樺澤氏 もともと当社の主軸のサービスは、ディープラーニングを活用したAI画像認識システム「Deep Inspection」ですが、今年から、AIとロボティクスの開発・実装を行う「Deep Robotics」、データ分析を中心とした「Deep Analytics」などの新サービスにも力を入れています。
とくに最近はロボット開発にも注力しております。ですので、近い将来「Rist」 =「AI&ロボット開発に強い企業」というイメージを持っていただき、建設業界はもちろん、あらゆる業界のお客様ニーズに合わせて、最適なプロダクトをフルスクラッチで開発し、ひとつでも多くの課題を解決していきたいですね。
【編集部 後記】
山岳トンネル工事という難度の高い土木現場での自動化に向けて、大きな可能性が高まる「ブラスト・アイ」。Ristではこの戸田建設との共同開発きっかけに、建設・土木業界の仕事も広がっているという。建設業者と高度なAI技術をもつスタートアップ企業の連携が、建設業界を変える大きな力になるだろう。
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いま注目の建設スタートアップ
- 難度の高い山岳トンネル工事もAIで自動化へ。京セラ系列AIベンチャー「Rist」の挑戦