コラム・特集
建設DXの第一人者、立命館大・建山和由教授が語る。「“中小事業者”と“スタートアップ企業”が、i-Construction普及のカギを握る」
建設業界が抱えるさまざまな課題を解消しようと国土交通省が推進する「i-Construction 」は、もうすぐスタートから7年目に突入する。いわば“建設革命”を期したその取り組みについて、現状、そして今後のキーポイントを、ICT導入推進協議会の委員長で、建設DXの第一人者でもある立命館大学理工学部の建山和由教授(以下、敬称略)に、お話をうかがった。
――2016年にスタートした「ICT導入推進協議会」は、これまで13回の会合を重ね、さまざまな取組みをされてきました。まずはこれまでの経過の概略をお聞かせください。
建山:国土交通省では、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までのあらゆるプロセスにおいて生産性向上を図る「i-Construction 」の推進に取り組んでいますが、その一環として建設現場へのICTの円滑な導入と普及を進めるべく立ち上げられたのがICT導入推進協議会です。
建設業界のさまざまな諸団体の方に集まっていただき意見交換をするものですが、当初、“文句を言う場所”にしたいと考えました。いろいろと試していただいた結果、「これは使いにくい」だとか「こうしたほうがいいのでは」といった、建設現場の生の声を聞きたいと思ったからです。それに対してどのように応えていくか考える、ということに最初の3、4年は取り組みました。現場の声を反映しないことには実際に使えるものにはなりませんから。
驚いたのは、国交省がそうした声や要望に対して思いのほか迅速に対応し、示方書や基準マニュアルといったものをどんどんと変えていったことです。行政というと、「これをしなさい」と言ったらそのままやらせていく、というイメージがかつてはありましたが、行政サイドの意識もずいぶん変わってきたようです。
――それだけ行政サイドも危機感が高まっている、ということなのでしょうね。
建山:もちろん、危機感は高まっているでしょう。ご存知のように、日本の人口は2007年ごろをピークに減少傾向にあり、とくに15~65歳のいわゆる生産労働人口は今後30年で30%も減るという試算もあるほどです。建設業界はかねてから担い手不足という深刻な問題を抱えていて、生産性の向上が必須の課題です。
また、インフラ投資は1990年代をピークに減少傾向にありますが、今後は既存インフラの維持管理というニーズが高まっていきます。じつは、この維持管理というのはむずかしいミッションで、たとえば構造物にひびが入っていたとしたらその原因を究明し、修繕方法を考え、そして構造物を使用しながら工事をしなければなりません。更地に新たな構造物をつくるより技術も手間も求められます。
さらに言うと、日本では近年、自然災害が激化・頻発していて、災害対策のニーズも高まっていきます。そうした今後を考えたとき、これまでと同じ方法、これまでの延長線上で議論していたのでは建設業界は社会のニーズに対応できません。
また、建設業界の賃金は全業種の平均に比べてまだ低く、さらには就労中の死亡事故が多い、労働時間が長いといった、いわゆる3Kから脱却しきれていません。「i-Construction 」というとICTを活用するというイメージが強いかもしれませんが、じつはそれだけでなく、そうした労働環境を改善するために建設現場の省力化・無人化などを進めて建設業の労働生産性を上げましょう、ということなのです。その大きな原動力のひとつがICTの普及拡大であり、前述したように行政サイドの意識もかなり変わってきたように思います。
一方で、中小規模の施工現場ではまだICTがなかなか進んでいないと実感しているのも正直なところで、そうした現場でも普及しやすいように取り組んでいこうと発足したのが、ICT普及促進ワーキンググループなのです。
――たしかに、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新まですべてのプロセスでICTを導入しようというのは、中小規模の現場ではハードルが高いかもしれませんね。
建山:むしろ非効率な場合も出てくるでしょう。導入すること自体を目的とするのではなく、その現場で本当に何が必要なのか見極めてそれに応じて使っていくことが必要です。調査にドローンを使うだけでもいいでしょう。また、施工においてはマシンガイダンスやマシンコントロールのように、建機だけをICT化するのでもいいと思います。
最近では、それらだけでなく、さまざまな技術が開発されています。コストが比較的低いツールも登場していますから、自分たちの現場における省人化・効率化に資するものをどんどん使っていける、そんな方向に向かっているのではないでしょうか。中小規模の施工現場における“ICT導入の扉”は開きつつあるのではないかと思っています。
たとえば、スキャン・エックス株式会社のクラウド型点群データ処理サイトは、ネット環境さえあれば、高価なハードやソフトを揃えること無く、3次元点群データの処理を行うことができます。コストも比較的低く抑えられており、中小現場のICT導入を普及させるツールとして非常に可能性を感じます。
こうした安くて使いやすいツールの登場というのは、「i-Construction 」の普及拡大にとても重要だと思います。というのも、公共工事というのはじつは7割が地方公共団体からの発注なんですね。
つまり、国発注の大規模な工事より、地方発注の中小規模の工事のほうが圧倒的に多いわけです。その7割を変えていかなければ建設業界は変わらない、と言ってもいいのではないでしょうか。
ところが、その地方の土木部門の職員数はここ13年で15%も減っている。日本の人口が減っているので仕方ない部分もあるのですが、人もお金も減っていく、一方で既存インフラの維持管理の需要は高まっていく――そんな状況を迎える中で、発注側の管理業務の効率化も非常に重要な課題になってきます。
受注側である建設業者の意識は変わりつつありますが、同時に、発注者側の意識が変わっていくこともとても大切ですね。楽をして稼ぐ、というとなんだかいけないことのように思われるかもしれませんが、3Kという言葉で象徴されるように他産業に比べまだまだ劣っている労働状況を改善し、将来にわたって質の高いインフラを提供する体制を整えるには、発注側も受注側も、建設業界全体が「もっと安全に、楽をして儲ける」ということを突き詰めていっていいのではないでしょうか。
――中小現場のICT導入を後押しするようなさまざまな技術の中には、いわゆるスタートアップ企業が開発したものも増えてきました。こうしたオープンイノベーションとも言える傾向は建設業界にとって明るい材料のひとつかと思います。建山先生は、さる1月25日に、建設用3Dプリンターを開発したスタートアップ企業・株式会社Polyuseのアドバイザーに就任されました。その経緯とは?
建山:数年前、私の研究室にナイジェリアからの留学生がいまして、彼女のテーマが3Dプリンターだったのです。まだまだ住宅事情のよくないナイジェリアに、3Dプリンターで多くの人が住める家を手軽に提供できるようにしたい、というのが彼女の希望でした。
3Dプリンターの建設分野での活用は海外ではけっこう普及していますが、日本ではまだ進んでいません。私の大学でも建設用の3Dプリンターはなく、あちらこちらの建設会社さんに問い合わせました。そこで見つけたのが、株式会社Polyuseさんと協働で開発していた京都の吉村建設工業株式会社さんでした。
両社は、2020年7月から建設用3Dプリンターの社会実装に向けた実証実験を行っていまして、そのお話を聞いたのがきっかけです。残念ながらナイジェリアからの留学生の修士論文には間に合いませんでしたが。
――2022年2月に、株式会社Polyuseは3Dプリンターによる10㎡以上の建築物の施工に成功しましたね。
建山:建築確認申請取得は、日本国内初のことになります。日本初というところの意義は大きいですね。先ほども申し上げたように、建設用3Dプリンターは海外では進んでいて家一軒を3Dプリンターで建てるといったことが行われています。
しかし、日本ではまだ確立されていませんでした。建設用3Dプリンターは大企業の技術研究所などにはあるにはあるものの、汎用化には至っていないのが現状です。対してPolyuseさんが開発した建設用3Dプリンターは非常にシンプルなものでコストも比較的低い。これから普及を進めていくうえで、革新的な技術だと思います。
――少し先のことになるのかもしれませんが、土木の中小施工現場にも活用できるようになるのでしょうか?
建山:そう思います。「i-Construction 」では、建設業界の生産成功の一環としてプレキャスト、つまり工場であらかじめ製品化して現場に設置するということも進めていますが、土木の現場においてはすべてをプレキャストの製品で対応することができないケースも想定されます。
地形や構造物の条件は工事ごとに異なるため、プレキャスト製品を使っていくと、一部は寸法が合わない箇所も出てきます。そんな場合、これまでは、現場で型枠を組んでコンクリート流して、という作業で現場合わせをしていたわけですが、建設用3Dプリンターで比較的簡単につくれるようになれば、効率・生産性は上がります。いきおい、プレキャスト製品の利用自体がさらに促進されていくのではないかと思っています。
私は、土木工学というのは総合工学だと思うんですね。本来、いろいろな分野の技術を採り入れながら進化しなければならない分野のはず。
とりわけ中小規模におけるICTの導入には、コスト面や操作性などのハードルがまだあるのは確かです。しかし、スキャン・エックスのクラウド型点群データ処理サイトやPolyuseの建設用3Dプリンターなど、スタートアップ企業を含めたいろんな企業から、様々な技術が登場し始めています。こうした新技術が、ICTの導入を加速させてくれるのではないかと期待しています。
変わってきた行政サイドの意識
――2016年にスタートした「ICT導入推進協議会」は、これまで13回の会合を重ね、さまざまな取組みをされてきました。まずはこれまでの経過の概略をお聞かせください。
建山:国土交通省では、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までのあらゆるプロセスにおいて生産性向上を図る「i-Construction 」の推進に取り組んでいますが、その一環として建設現場へのICTの円滑な導入と普及を進めるべく立ち上げられたのがICT導入推進協議会です。
建設業界のさまざまな諸団体の方に集まっていただき意見交換をするものですが、当初、“文句を言う場所”にしたいと考えました。いろいろと試していただいた結果、「これは使いにくい」だとか「こうしたほうがいいのでは」といった、建設現場の生の声を聞きたいと思ったからです。それに対してどのように応えていくか考える、ということに最初の3、4年は取り組みました。現場の声を反映しないことには実際に使えるものにはなりませんから。
驚いたのは、国交省がそうした声や要望に対して思いのほか迅速に対応し、示方書や基準マニュアルといったものをどんどんと変えていったことです。行政というと、「これをしなさい」と言ったらそのままやらせていく、というイメージがかつてはありましたが、行政サイドの意識もずいぶん変わってきたようです。
――それだけ行政サイドも危機感が高まっている、ということなのでしょうね。
建山:もちろん、危機感は高まっているでしょう。ご存知のように、日本の人口は2007年ごろをピークに減少傾向にあり、とくに15~65歳のいわゆる生産労働人口は今後30年で30%も減るという試算もあるほどです。建設業界はかねてから担い手不足という深刻な問題を抱えていて、生産性の向上が必須の課題です。
また、インフラ投資は1990年代をピークに減少傾向にありますが、今後は既存インフラの維持管理というニーズが高まっていきます。じつは、この維持管理というのはむずかしいミッションで、たとえば構造物にひびが入っていたとしたらその原因を究明し、修繕方法を考え、そして構造物を使用しながら工事をしなければなりません。更地に新たな構造物をつくるより技術も手間も求められます。
さらに言うと、日本では近年、自然災害が激化・頻発していて、災害対策のニーズも高まっていきます。そうした今後を考えたとき、これまでと同じ方法、これまでの延長線上で議論していたのでは建設業界は社会のニーズに対応できません。
また、建設業界の賃金は全業種の平均に比べてまだ低く、さらには就労中の死亡事故が多い、労働時間が長いといった、いわゆる3Kから脱却しきれていません。「i-Construction 」というとICTを活用するというイメージが強いかもしれませんが、じつはそれだけでなく、そうした労働環境を改善するために建設現場の省力化・無人化などを進めて建設業の労働生産性を上げましょう、ということなのです。その大きな原動力のひとつがICTの普及拡大であり、前述したように行政サイドの意識もかなり変わってきたように思います。
一方で、中小規模の施工現場ではまだICTがなかなか進んでいないと実感しているのも正直なところで、そうした現場でも普及しやすいように取り組んでいこうと発足したのが、ICT普及促進ワーキンググループなのです。
中小規模現場のICTを後押しするものとは?
――たしかに、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新まですべてのプロセスでICTを導入しようというのは、中小規模の現場ではハードルが高いかもしれませんね。
建山:むしろ非効率な場合も出てくるでしょう。導入すること自体を目的とするのではなく、その現場で本当に何が必要なのか見極めてそれに応じて使っていくことが必要です。調査にドローンを使うだけでもいいでしょう。また、施工においてはマシンガイダンスやマシンコントロールのように、建機だけをICT化するのでもいいと思います。
最近では、それらだけでなく、さまざまな技術が開発されています。コストが比較的低いツールも登場していますから、自分たちの現場における省人化・効率化に資するものをどんどん使っていける、そんな方向に向かっているのではないでしょうか。中小規模の施工現場における“ICT導入の扉”は開きつつあるのではないかと思っています。
たとえば、スキャン・エックス株式会社のクラウド型点群データ処理サイトは、ネット環境さえあれば、高価なハードやソフトを揃えること無く、3次元点群データの処理を行うことができます。コストも比較的低く抑えられており、中小現場のICT導入を普及させるツールとして非常に可能性を感じます。
こうした安くて使いやすいツールの登場というのは、「i-Construction 」の普及拡大にとても重要だと思います。というのも、公共工事というのはじつは7割が地方公共団体からの発注なんですね。
つまり、国発注の大規模な工事より、地方発注の中小規模の工事のほうが圧倒的に多いわけです。その7割を変えていかなければ建設業界は変わらない、と言ってもいいのではないでしょうか。
ところが、その地方の土木部門の職員数はここ13年で15%も減っている。日本の人口が減っているので仕方ない部分もあるのですが、人もお金も減っていく、一方で既存インフラの維持管理の需要は高まっていく――そんな状況を迎える中で、発注側の管理業務の効率化も非常に重要な課題になってきます。
受注側である建設業者の意識は変わりつつありますが、同時に、発注者側の意識が変わっていくこともとても大切ですね。楽をして稼ぐ、というとなんだかいけないことのように思われるかもしれませんが、3Kという言葉で象徴されるように他産業に比べまだまだ劣っている労働状況を改善し、将来にわたって質の高いインフラを提供する体制を整えるには、発注側も受注側も、建設業界全体が「もっと安全に、楽をして儲ける」ということを突き詰めていっていいのではないでしょうか。
――中小現場のICT導入を後押しするようなさまざまな技術の中には、いわゆるスタートアップ企業が開発したものも増えてきました。こうしたオープンイノベーションとも言える傾向は建設業界にとって明るい材料のひとつかと思います。建山先生は、さる1月25日に、建設用3Dプリンターを開発したスタートアップ企業・株式会社Polyuseのアドバイザーに就任されました。その経緯とは?
建山:数年前、私の研究室にナイジェリアからの留学生がいまして、彼女のテーマが3Dプリンターだったのです。まだまだ住宅事情のよくないナイジェリアに、3Dプリンターで多くの人が住める家を手軽に提供できるようにしたい、というのが彼女の希望でした。
3Dプリンターの建設分野での活用は海外ではけっこう普及していますが、日本ではまだ進んでいません。私の大学でも建設用の3Dプリンターはなく、あちらこちらの建設会社さんに問い合わせました。そこで見つけたのが、株式会社Polyuseさんと協働で開発していた京都の吉村建設工業株式会社さんでした。
両社は、2020年7月から建設用3Dプリンターの社会実装に向けた実証実験を行っていまして、そのお話を聞いたのがきっかけです。残念ながらナイジェリアからの留学生の修士論文には間に合いませんでしたが。
高まるスタートアップ企業への期待
――2022年2月に、株式会社Polyuseは3Dプリンターによる10㎡以上の建築物の施工に成功しましたね。
建山:建築確認申請取得は、日本国内初のことになります。日本初というところの意義は大きいですね。先ほども申し上げたように、建設用3Dプリンターは海外では進んでいて家一軒を3Dプリンターで建てるといったことが行われています。
しかし、日本ではまだ確立されていませんでした。建設用3Dプリンターは大企業の技術研究所などにはあるにはあるものの、汎用化には至っていないのが現状です。対してPolyuseさんが開発した建設用3Dプリンターは非常にシンプルなものでコストも比較的低い。これから普及を進めていくうえで、革新的な技術だと思います。
――少し先のことになるのかもしれませんが、土木の中小施工現場にも活用できるようになるのでしょうか?
建山:そう思います。「i-Construction 」では、建設業界の生産成功の一環としてプレキャスト、つまり工場であらかじめ製品化して現場に設置するということも進めていますが、土木の現場においてはすべてをプレキャストの製品で対応することができないケースも想定されます。
地形や構造物の条件は工事ごとに異なるため、プレキャスト製品を使っていくと、一部は寸法が合わない箇所も出てきます。そんな場合、これまでは、現場で型枠を組んでコンクリート流して、という作業で現場合わせをしていたわけですが、建設用3Dプリンターで比較的簡単につくれるようになれば、効率・生産性は上がります。いきおい、プレキャスト製品の利用自体がさらに促進されていくのではないかと思っています。
私は、土木工学というのは総合工学だと思うんですね。本来、いろいろな分野の技術を採り入れながら進化しなければならない分野のはず。
とりわけ中小規模におけるICTの導入には、コスト面や操作性などのハードルがまだあるのは確かです。しかし、スキャン・エックスのクラウド型点群データ処理サイトやPolyuseの建設用3Dプリンターなど、スタートアップ企業を含めたいろんな企業から、様々な技術が登場し始めています。こうした新技術が、ICTの導入を加速させてくれるのではないかと期待しています。
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