通信大手のNTTはインテル、ソニーと共にIOWN Global Forumを設立し、新たなコミュニケーション基盤「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」の実現に取組んでいる。
2030年の実用化を目指すという「IOWN構想」。どのような構想で、世の中にどのような影響をもたらそうとしているのか?土木・建設業界に与える影響も少なくないという。
そこで、IOWN構想の推進に携わるNTT 研究企画部門 森 俊介氏(R&D推進担当 担当部長)、八木 毅氏(R&Dビジョン担当 担当部長)、三橋 慎氏(プロデュース担当 担当課長)、藤村 滋氏(プロデュース担当 担当課長)とNTTインフラネット SmartInfra推進部 高木 洋一郎氏(プラットフォーム戦略担当 担当部長)、 箱石 隆氏(ビジネスアライアンス担当 担当課長)の6名に話をうかがった。(以下、すべて敬称略)
【前編】の記事では、「IOWN構想」の概要やオールフォトニクス・ネットワークの仕組みなどについて紹介いただいた。本記事【後編】では、すでに進められている実証実験の事例紹介とともに「4Dデジタル基盤」の可能性について語っていただく。
――IOWN構想の要素のひとつだという「デジタルツインコンピューティング」について教えていただけますか?
藤村:IOWNはスマートな世界を実現する、最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤です。デジタルツインコンピューティングは、IOWNのイチ要素であり、新しいサービス・アプリケーションの世界をめざしているものとなります。
「デジタルツイン」についてはすでにさまざまなところで研究・開発がなされていますが、従来の枠組みは、自動車やロボットなど実世界に存在する対象を個々にサイバー空間上に写像し、分析・予測などを行うというものでした。また、その分析・予測した結果を実世界に逆写像して活用してきました。
NTTが提唱するデジタルツインコンピューティングでは、従来の概念を発展させて、多様な産業やモノとヒトのデジタルツインを自在に掛け合わせて演算を行うことにより、都市におけるヒトと自動車など、これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、さらに未来の予測ができるようになることを目指しています。
―― 一方向だけでなく総合的に、そして未来予測もできるのですね。
藤村:デジタルツインコンピューティングの根底にあるのは、データに基づいて分析や予測をすることで社会に価値を生み出していこう、という考え方です。オールフォトニクス・ネットワークの大容量、低遅延という特徴を活かせばより大規模なデータを扱えるようになり、シミュレーションや予測の質を高めることができるようになるでしょう。
現時点で、車の移動情報や農機や重機など様々な機械の情報はデジタル化され、すでに蓄積されたり、それぞれの分野で分析に使われたりしています。ただ、それはサイロ化しており、業界ごと、企業ごとに独自で管理されている状態です。今後はそれを一体化して、複製・融合・交換が可能な状態にしていきたい。あらゆる情報を基に街全体の最適化と個人にとっての最適化の相反する概念の両立を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創ることに貢献していきたいと考えています。
――どのようなやり方で街全体を制御していくのでしょうか?
藤村:デジタルツインコンピューティングを支える「4Dデジタル基盤」の実用化に向け取組みを進めており、これを活用するのです。
4Dというのは緯度、経度、高度、時刻の4軸の次元のこと。既存の地図データに高精度な3D空間情報を加えた高度地理空間データベースを用意し、これに車など移動体のセンサや環境センサなどから集めたセンシングデータを高精度にマッピングします。こうしてできる「4Dデジタル基盤」を活用して、分析やシミュレーションを行い未来予測につなげていきたいと考えています。
4Dデジタル基盤でどのような価値を生み出していくかですが、主に4つの軸を想定しています。ひとつめが「道路交通の整流化」。街全体の渋滞をなくしたい。ふたつめが「都市アセットの活用」。空調や緊急車両やビルそれぞれ、個の最適化も街全体の最適化も目指します。三つ目が「社会インフラの協調保全」。
そして最後に「環境・防災に向けた地球理解」です。緯度、経度、高度の精緻な情報を持てるので、デジタルで地球の現状を把握することに役立てられます。たとえば高精度な3D地図が整備されることで洪水発生時の高精度な浸水シミュレーションなども可能になるでしょう。
NTTの技術で現実の都市から情報を汲み上げて、デジタルな都市=デジタルツインをリアルタイムに作っていきます。そして、先ほど示した4つの価値につなげていくというイメージです。
―― デジタルツイン上でさまざまな分析・予測を行っていくんですね。この技術をどのように活用するのか、もう少し詳しく教えていただけますか?
箱石:「スマートインフラ構想」というものがあります。それでは、NTTインフラネットという会社の紹介もふまえながら解説していきます。NTTインフラネットはNTTグループが持つ地下埋設物や地下設備の構築・メンテナンスなどを担っている会社です。私たちは業界の人手不足や設備の老朽化といった課題を解決できるような業務ユースケースを想定しながら、IOWN構想の実用化を支えています。
箱石:「スマートインフラ構想」というものがあります。それでは、NTTインフラネットという会社の紹介もふまえながら解説していきます。NTTインフラネットはNTTグループが持つ地下埋設物や地下設備の構築・メンテナンスなどを担っている会社です。私たちは業界の人手不足や設備の老朽化といった課題を解決できるような業務ユースケースを想定しながら、IOWN構想の実用化を支えています。
箱石:それに向けていま取り組んでいるのがデジタルツインの実現です。特に私たちは地下空間が専門で、まずは地下空間のデジタルツインを作成し、構想に基づく課題解決に取組んでいこうとしています。
地下埋設物や地下設備を容易に見ることは難しい。そこで、図面から読み取れる設備の情報、そして設備の位置や周辺の環境など関連する情報を点群などのデジタルデータにしてデジタルツインを作成します。
一例としては、電気、通信、ガスなどの設備の情報を一つの空間上にまとめ、統一的な位置基準で重ね合わせるのです。各企業の保有する設備を3Dで一覧にして見られるようにすれば業界全体の業務効率化を図れます。設備の精緻な管理ができ、周辺情報などから未来の姿を予測することもできる。保全計画の立案にも役立てられます。
ゆくゆくは地下の埋設物や設備とつながっている地上部とも情報を連携させたい。BIM/CIMデータを用いた都市計画のユースケースにもつなげていきたいと考えています。
―――地下の見えないものを点群などのデジタルデータにし、BIM/CIMデータとも連携していくのですね。これはどこまで進んでいるのですか?
高木:スマートインフラ構想に向けたプラットフォームはすでに構築しており、2020年12月から運用を開始しています。設備情報のほか地図情報、気象情報、BIM/CIMデータなどの関連する点群データ、国土交通省のプラットフォームに入っているようなデータや各種オープンデータをこのスマートインフラプラットフォームに流通させます。
これは高精度な位置基準を備えており、統一的な位置基準を持つことができるのです。これにより今まで成し得なかった空間演算ができたり、位置情報を補正したりできる。これをGIS-DX機能といいます。
各社からデータを集める際に取り扱いに注意すべきデータもあるでしょうが、このプラットフォームでは十分なセキュリティー機能を備えています。また、これらを今後さまざまなアプリケーションにつなげることで、これまで業務効率化が難しかった業務まで幅広く効率化していければと考えています。
――これまで業務効率化が難しかった業務をも効率化できるというのは興味深いですね。他にどのような実証実験が進められていますか?
箱石:私たちの活用事例をご紹介しましょう。ひとつめは埋設物照会の一元受付です。道路工事などで掘削する際、事前に設備を保有している事業者に対して埋設物がないか照会する業務があります。これは掘削工事事業者が電力・ガス・通信の各社や上下水道の自治体窓口に電話やファクス、メールなどアナログな手法で問い合わせるのが当たり前でした。
設備を保有している事業者側も、掘削工事事業者からの照会に対して自社の図面などを照会の度に確認し回答する必要がありました。これがプラットフォームを活用することで、各社の埋設設備位置が高精度な位置基準上で統一的に管理され、掘削工事範囲における埋設設備の有無も自動で確認・回答できるようになります。この機能はすでに運用が始まっています。
ふたつ目は工事の立ち会いです。掘削工事が行われる際にうっかり設備が壊されないように埋設物を保有する事業者が現地で立ち会う業務があります。地下にあるものは見えづらいですよね。自社の埋設物のデータをARでタブレットに表示させる事ができれば、掘削時の注意・喚起が効率的に行えるなど工事の安全性も担保できます。こちらは一部トライアルを実施している状況です。
――非常に効率的で安全性も各段に向上しそうです。
箱石:まだ検討段階ですが、このプラットフォームを使ってガスや道路工事など各社の掘削工事計画をシェアしそのタイミングを合わせることで工事費の削減もできるでしょう。また、将来的な劣化予測もできるようになります。このプラットフォームに集められた情報を活用すれば、未来の設備の状態を予測して保全計画も考えやすくなるはずです。
――スマートインフラプラットフォームは企業間の連携の可能性を広げそうですね。また、未来予測も活用の幅がありそうと期待させられます。
三橋:続いて、未来予測の活用例として、グリーンICTに関する事例をご紹介します。JR東日本の新宿ミライナタワーで実証実験を行った空調最適化のユースケースです。
最近のエアコンは人が近づくと反応して起動するようなものが出てきていますよね。ただ、大規模商業施設は空間がものすごく広いので、冷やすのも暖めるのにも時間がかかってしまいます。そこで未来を予測してシナリオを組んで制御していくという考え方が主流になってきているんです。
実証実験では、どこに誰が来るかという来館者の予測を行い、温度や湿度、空調の状態など関連するものの計算をして強化学習でモデルを作り、こういう空調を設定するといいのではないかというシナリオをあらかじめ組みました。こういったことはさまざまな研究機関でも試みているのですが、一般的に1年以上かかります。それが、我々は計算してモデル化し、シナリオを組むところまで数日でできてしまいます。
――数日で!短期間でできるのはなぜですか?
三橋:データを1年分など一通り集めてから機械に学習させるというのが一般的な手法ですが、 NTTで は最初に流体力学を活用したモデル化をしておき、その後、機械学習を組み合わせることで、短期間のデータによる最適な空調制御シナリオを作ることが可能となりました。
ビルごとの制約など条件、より短期間で環境に合うようにシナリオを作ることが大切だと考えています。ただ未来予測するだけでなく、より早く効果が得られるといった 価値のある情報をどう生み出すかという技術も同時に磨いているところです。
これまで1日中冷やしておくことしかできなかった空調を来館者の予定に合わせて制御できるようにした。ここで重要なのが、ただ省エネになるだけでなく人が快適に感じるレベルのパラメータに合わせたシナリオを組んだということです。
その結果、快適さを保ちつつエネルギーを51%削減できました。新宿ミライナタワーは比較的新しいビルですが、既存の設備でこのような実績を出すことができました。
――消費エネルギーを半減できたというのはすごい
三橋:今後は、風向きや人の出入りの量といったデータを取り込むことで、ビルの設計段階から省エネと快適性の最適化を図れるようになるでしょう。このような試みを重ねて、ビル建設だけでなく街づくりまで広げ、人や車の動きなどから瞬時に計算し、街単位での最適化を実現できればと考えています。
――スマートシティの構想を実現させるにはインフラ関連の情報が必要ですよね。各所の協力が欠かせないのではないですか?
高木:その通りです。現在関係各所とは一緒に取組んでいただける仲間作りを始めております。また、国土交通省の実証実験を通じて、横浜エリアの地下空間を3D化するなど、地下空間の3D化はすでに着手し始めています。
――国土交通省の関心は高いのではないでしょうか。民間企業もスマートインフラプラットフォームのデータを活用できるようになれば業界革新が起こりそうです。
高木:そうですね。大企業だけでなく中小規模の企業にも利用していただければと考えています。このプラットフォームはビルの建設情報などBIM/CIMも意識しています。BIMが持つプロジェクト基準点をスマートインフラプラットフォームが持つ高精度3D空間情報の国家座標と紐付ければ、地下だけでなく地上部分の3D化も容易になるでしょう。
――精度の高い位置基準がポイントなんですね。
高木:統一された位置情報基盤の上でシミュレーションや管理を行うことがとても重要です。スマートインフラプラットフォームで位置の基準を定め、それにさまざまなデータを合わせることで活用の幅が増えていくと考えています。
――情報共有できることで確認や申請の手間が減ったり、企業間の連携もやりやすくなったりしそうです。
高木:現状の道路工事では、埋設物がある路線の場合アスファルトを剥いだあとは手掘りです。2次元の図面の情報を基に「だいたいこの辺に埋まっているはず」と曖昧な情報に合わせることになっています。正確な情報があれば、埋設物に一定の距離まで近づいたらショベルカーの刃先が止まるよう制御が可能になります。高精度な3Dジオフェンスを作ることは私たちの最終目標の一つです。
――予測するという点では、防災分野にも役立ちそうですね。
高木:バーチャル空間がリアル空間と同等に築けていれば被災前後のデータ比較が容易で正確にできます。復興の迅速化にも寄与するでしょう。その際、電気・ガス・通信・水道といったインフラ情報が災害対策本部で一括して把握できれば、また逆にどこが途絶えるとどこに影響がでるか、どこから復旧していくと効率が良いかなどを共有できます。ただ、セキュリティーは熟慮が必要ですね。
――セキュリティーについてはどのように対応されているのですか?
高木:ケースによりさまざまです。通信分野のセキュリティー、データ保護のためのセキュリティーなど種類が異なります。特に公共性の高いデータは扱いが難しい。
特定の条件においては扱えるという条件を設定するなど、環境整備が欠かせません。インフラにとっては悪用されることが最悪のシナリオです。それは絶対に防がなければならない。とはいえ難所だといえます。
八木:NTTの研究所には世界でもトップクラスの技術を持つ暗号部隊があり、データ保護については研究開発中です。AIがさまざまな計算をする上で、自分たちの個人情報はどうなるの?と心配になりますよね。守るべきところを認識して、セキュリティー保護に対応したAIを考えています。
データは連携するけれど、そのデータは復号できないようにしてパラメータ計算だけできる状態を作り、暗号化して秘密暗号計算するという手法を随所で適用しています。これらも都市OSに活用するケースで実証実験を進めています。
【編集部 後記】
オールフォトニクス・ネットワークという次世代の通信技術と4Dデジタル基盤というこれまでにない情報プラットフォームが組み合わさることにより、まったく新しい世界が開かれていく。実証実験は着々と進められており、技術が確立したサービスから順次リリースされていくという。インタビューを通じて、IOWN構想実現の足音はすでに近づいてきていると感じた。
日本電信電話株式会社(NTT)
東京都千代田区大手町一丁目5番1号
https://group.ntt/jp/
特設サイト:「IOWNってなあに?」
2030年の実用化を目指すという「IOWN構想」。どのような構想で、世の中にどのような影響をもたらそうとしているのか?土木・建設業界に与える影響も少なくないという。
そこで、IOWN構想の推進に携わるNTT 研究企画部門 森 俊介氏(R&D推進担当 担当部長)、八木 毅氏(R&Dビジョン担当 担当部長)、三橋 慎氏(プロデュース担当 担当課長)、藤村 滋氏(プロデュース担当 担当課長)とNTTインフラネット SmartInfra推進部 高木 洋一郎氏(プラットフォーム戦略担当 担当部長)、 箱石 隆氏(ビジネスアライアンス担当 担当課長)の6名に話をうかがった。(以下、すべて敬称略)
【前編】の記事では、「IOWN構想」の概要やオールフォトニクス・ネットワークの仕組みなどについて紹介いただいた。本記事【後編】では、すでに進められている実証実験の事例紹介とともに「4Dデジタル基盤」の可能性について語っていただく。
ヒト・モノの情報を総合的に扱い分析・予測する
――IOWN構想の要素のひとつだという「デジタルツインコンピューティング」について教えていただけますか?
藤村:IOWNはスマートな世界を実現する、最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤です。デジタルツインコンピューティングは、IOWNのイチ要素であり、新しいサービス・アプリケーションの世界をめざしているものとなります。
「デジタルツイン」についてはすでにさまざまなところで研究・開発がなされていますが、従来の枠組みは、自動車やロボットなど実世界に存在する対象を個々にサイバー空間上に写像し、分析・予測などを行うというものでした。また、その分析・予測した結果を実世界に逆写像して活用してきました。
NTTが提唱するデジタルツインコンピューティングでは、従来の概念を発展させて、多様な産業やモノとヒトのデジタルツインを自在に掛け合わせて演算を行うことにより、都市におけるヒトと自動車など、これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、さらに未来の予測ができるようになることを目指しています。
―― 一方向だけでなく総合的に、そして未来予測もできるのですね。
藤村:デジタルツインコンピューティングの根底にあるのは、データに基づいて分析や予測をすることで社会に価値を生み出していこう、という考え方です。オールフォトニクス・ネットワークの大容量、低遅延という特徴を活かせばより大規模なデータを扱えるようになり、シミュレーションや予測の質を高めることができるようになるでしょう。
現時点で、車の移動情報や農機や重機など様々な機械の情報はデジタル化され、すでに蓄積されたり、それぞれの分野で分析に使われたりしています。ただ、それはサイロ化しており、業界ごと、企業ごとに独自で管理されている状態です。今後はそれを一体化して、複製・融合・交換が可能な状態にしていきたい。あらゆる情報を基に街全体の最適化と個人にとっての最適化の相反する概念の両立を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創ることに貢献していきたいと考えています。
――どのようなやり方で街全体を制御していくのでしょうか?
藤村:デジタルツインコンピューティングを支える「4Dデジタル基盤」の実用化に向け取組みを進めており、これを活用するのです。
4Dというのは緯度、経度、高度、時刻の4軸の次元のこと。既存の地図データに高精度な3D空間情報を加えた高度地理空間データベースを用意し、これに車など移動体のセンサや環境センサなどから集めたセンシングデータを高精度にマッピングします。こうしてできる「4Dデジタル基盤」を活用して、分析やシミュレーションを行い未来予測につなげていきたいと考えています。
4Dデジタル基盤でどのような価値を生み出していくかですが、主に4つの軸を想定しています。ひとつめが「道路交通の整流化」。街全体の渋滞をなくしたい。ふたつめが「都市アセットの活用」。空調や緊急車両やビルそれぞれ、個の最適化も街全体の最適化も目指します。三つ目が「社会インフラの協調保全」。
そして最後に「環境・防災に向けた地球理解」です。緯度、経度、高度の精緻な情報を持てるので、デジタルで地球の現状を把握することに役立てられます。たとえば高精度な3D地図が整備されることで洪水発生時の高精度な浸水シミュレーションなども可能になるでしょう。
NTTの技術で現実の都市から情報を汲み上げて、デジタルな都市=デジタルツインをリアルタイムに作っていきます。そして、先ほど示した4つの価値につなげていくというイメージです。
スマートインフラプラットフォームに情報を集約させ活用する
―― デジタルツイン上でさまざまな分析・予測を行っていくんですね。この技術をどのように活用するのか、もう少し詳しく教えていただけますか?
箱石:「スマートインフラ構想」というものがあります。それでは、NTTインフラネットという会社の紹介もふまえながら解説していきます。NTTインフラネットはNTTグループが持つ地下埋設物や地下設備の構築・メンテナンスなどを担っている会社です。私たちは業界の人手不足や設備の老朽化といった課題を解決できるような業務ユースケースを想定しながら、IOWN構想の実用化を支えています。
箱石:「スマートインフラ構想」というものがあります。それでは、NTTインフラネットという会社の紹介もふまえながら解説していきます。NTTインフラネットはNTTグループが持つ地下埋設物や地下設備の構築・メンテナンスなどを担っている会社です。私たちは業界の人手不足や設備の老朽化といった課題を解決できるような業務ユースケースを想定しながら、IOWN構想の実用化を支えています。
箱石:それに向けていま取り組んでいるのがデジタルツインの実現です。特に私たちは地下空間が専門で、まずは地下空間のデジタルツインを作成し、構想に基づく課題解決に取組んでいこうとしています。
地下埋設物や地下設備を容易に見ることは難しい。そこで、図面から読み取れる設備の情報、そして設備の位置や周辺の環境など関連する情報を点群などのデジタルデータにしてデジタルツインを作成します。
一例としては、電気、通信、ガスなどの設備の情報を一つの空間上にまとめ、統一的な位置基準で重ね合わせるのです。各企業の保有する設備を3Dで一覧にして見られるようにすれば業界全体の業務効率化を図れます。設備の精緻な管理ができ、周辺情報などから未来の姿を予測することもできる。保全計画の立案にも役立てられます。
ゆくゆくは地下の埋設物や設備とつながっている地上部とも情報を連携させたい。BIM/CIMデータを用いた都市計画のユースケースにもつなげていきたいと考えています。
―――地下の見えないものを点群などのデジタルデータにし、BIM/CIMデータとも連携していくのですね。これはどこまで進んでいるのですか?
高木:スマートインフラ構想に向けたプラットフォームはすでに構築しており、2020年12月から運用を開始しています。設備情報のほか地図情報、気象情報、BIM/CIMデータなどの関連する点群データ、国土交通省のプラットフォームに入っているようなデータや各種オープンデータをこのスマートインフラプラットフォームに流通させます。
これは高精度な位置基準を備えており、統一的な位置基準を持つことができるのです。これにより今まで成し得なかった空間演算ができたり、位置情報を補正したりできる。これをGIS-DX機能といいます。
各社からデータを集める際に取り扱いに注意すべきデータもあるでしょうが、このプラットフォームでは十分なセキュリティー機能を備えています。また、これらを今後さまざまなアプリケーションにつなげることで、これまで業務効率化が難しかった業務まで幅広く効率化していければと考えています。
道路工事の煩雑な業務を効率化
――これまで業務効率化が難しかった業務をも効率化できるというのは興味深いですね。他にどのような実証実験が進められていますか?
箱石:私たちの活用事例をご紹介しましょう。ひとつめは埋設物照会の一元受付です。道路工事などで掘削する際、事前に設備を保有している事業者に対して埋設物がないか照会する業務があります。これは掘削工事事業者が電力・ガス・通信の各社や上下水道の自治体窓口に電話やファクス、メールなどアナログな手法で問い合わせるのが当たり前でした。
設備を保有している事業者側も、掘削工事事業者からの照会に対して自社の図面などを照会の度に確認し回答する必要がありました。これがプラットフォームを活用することで、各社の埋設設備位置が高精度な位置基準上で統一的に管理され、掘削工事範囲における埋設設備の有無も自動で確認・回答できるようになります。この機能はすでに運用が始まっています。
ふたつ目は工事の立ち会いです。掘削工事が行われる際にうっかり設備が壊されないように埋設物を保有する事業者が現地で立ち会う業務があります。地下にあるものは見えづらいですよね。自社の埋設物のデータをARでタブレットに表示させる事ができれば、掘削時の注意・喚起が効率的に行えるなど工事の安全性も担保できます。こちらは一部トライアルを実施している状況です。
――非常に効率的で安全性も各段に向上しそうです。
箱石:まだ検討段階ですが、このプラットフォームを使ってガスや道路工事など各社の掘削工事計画をシェアしそのタイミングを合わせることで工事費の削減もできるでしょう。また、将来的な劣化予測もできるようになります。このプラットフォームに集められた情報を活用すれば、未来の設備の状態を予測して保全計画も考えやすくなるはずです。
未来予測でグリーンICTに寄与
――スマートインフラプラットフォームは企業間の連携の可能性を広げそうですね。また、未来予測も活用の幅がありそうと期待させられます。
三橋:続いて、未来予測の活用例として、グリーンICTに関する事例をご紹介します。JR東日本の新宿ミライナタワーで実証実験を行った空調最適化のユースケースです。
「NTTとJR東日本、AI空調制御により省エネと快適環境の両立を実証」NTTプレスリリース:https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/01/211101a.html
最近のエアコンは人が近づくと反応して起動するようなものが出てきていますよね。ただ、大規模商業施設は空間がものすごく広いので、冷やすのも暖めるのにも時間がかかってしまいます。そこで未来を予測してシナリオを組んで制御していくという考え方が主流になってきているんです。
実証実験では、どこに誰が来るかという来館者の予測を行い、温度や湿度、空調の状態など関連するものの計算をして強化学習でモデルを作り、こういう空調を設定するといいのではないかというシナリオをあらかじめ組みました。こういったことはさまざまな研究機関でも試みているのですが、一般的に1年以上かかります。それが、我々は計算してモデル化し、シナリオを組むところまで数日でできてしまいます。
――数日で!短期間でできるのはなぜですか?
三橋:データを1年分など一通り集めてから機械に学習させるというのが一般的な手法ですが、 NTTで は最初に流体力学を活用したモデル化をしておき、その後、機械学習を組み合わせることで、短期間のデータによる最適な空調制御シナリオを作ることが可能となりました。
ビルごとの制約など条件、より短期間で環境に合うようにシナリオを作ることが大切だと考えています。ただ未来予測するだけでなく、より早く効果が得られるといった 価値のある情報をどう生み出すかという技術も同時に磨いているところです。
これまで1日中冷やしておくことしかできなかった空調を来館者の予定に合わせて制御できるようにした。ここで重要なのが、ただ省エネになるだけでなく人が快適に感じるレベルのパラメータに合わせたシナリオを組んだということです。
その結果、快適さを保ちつつエネルギーを51%削減できました。新宿ミライナタワーは比較的新しいビルですが、既存の設備でこのような実績を出すことができました。
――消費エネルギーを半減できたというのはすごい
三橋:今後は、風向きや人の出入りの量といったデータを取り込むことで、ビルの設計段階から省エネと快適性の最適化を図れるようになるでしょう。このような試みを重ねて、ビル建設だけでなく街づくりまで広げ、人や車の動きなどから瞬時に計算し、街単位での最適化を実現できればと考えています。
スマートシティを支える土木・建設での展望
――スマートシティの構想を実現させるにはインフラ関連の情報が必要ですよね。各所の協力が欠かせないのではないですか?
高木:その通りです。現在関係各所とは一緒に取組んでいただける仲間作りを始めております。また、国土交通省の実証実験を通じて、横浜エリアの地下空間を3D化するなど、地下空間の3D化はすでに着手し始めています。
――国土交通省の関心は高いのではないでしょうか。民間企業もスマートインフラプラットフォームのデータを活用できるようになれば業界革新が起こりそうです。
高木:そうですね。大企業だけでなく中小規模の企業にも利用していただければと考えています。このプラットフォームはビルの建設情報などBIM/CIMも意識しています。BIMが持つプロジェクト基準点をスマートインフラプラットフォームが持つ高精度3D空間情報の国家座標と紐付ければ、地下だけでなく地上部分の3D化も容易になるでしょう。
――精度の高い位置基準がポイントなんですね。
高木:統一された位置情報基盤の上でシミュレーションや管理を行うことがとても重要です。スマートインフラプラットフォームで位置の基準を定め、それにさまざまなデータを合わせることで活用の幅が増えていくと考えています。
――情報共有できることで確認や申請の手間が減ったり、企業間の連携もやりやすくなったりしそうです。
高木:現状の道路工事では、埋設物がある路線の場合アスファルトを剥いだあとは手掘りです。2次元の図面の情報を基に「だいたいこの辺に埋まっているはず」と曖昧な情報に合わせることになっています。正確な情報があれば、埋設物に一定の距離まで近づいたらショベルカーの刃先が止まるよう制御が可能になります。高精度な3Dジオフェンスを作ることは私たちの最終目標の一つです。
――予測するという点では、防災分野にも役立ちそうですね。
高木:バーチャル空間がリアル空間と同等に築けていれば被災前後のデータ比較が容易で正確にできます。復興の迅速化にも寄与するでしょう。その際、電気・ガス・通信・水道といったインフラ情報が災害対策本部で一括して把握できれば、また逆にどこが途絶えるとどこに影響がでるか、どこから復旧していくと効率が良いかなどを共有できます。ただ、セキュリティーは熟慮が必要ですね。
――セキュリティーについてはどのように対応されているのですか?
高木:ケースによりさまざまです。通信分野のセキュリティー、データ保護のためのセキュリティーなど種類が異なります。特に公共性の高いデータは扱いが難しい。
特定の条件においては扱えるという条件を設定するなど、環境整備が欠かせません。インフラにとっては悪用されることが最悪のシナリオです。それは絶対に防がなければならない。とはいえ難所だといえます。
八木:NTTの研究所には世界でもトップクラスの技術を持つ暗号部隊があり、データ保護については研究開発中です。AIがさまざまな計算をする上で、自分たちの個人情報はどうなるの?と心配になりますよね。守るべきところを認識して、セキュリティー保護に対応したAIを考えています。
データは連携するけれど、そのデータは復号できないようにしてパラメータ計算だけできる状態を作り、暗号化して秘密暗号計算するという手法を随所で適用しています。これらも都市OSに活用するケースで実証実験を進めています。
【編集部 後記】
オールフォトニクス・ネットワークという次世代の通信技術と4Dデジタル基盤というこれまでにない情報プラットフォームが組み合わさることにより、まったく新しい世界が開かれていく。実証実験は着々と進められており、技術が確立したサービスから順次リリースされていくという。インタビューを通じて、IOWN構想実現の足音はすでに近づいてきていると感じた。
日本電信電話株式会社(NTT)
東京都千代田区大手町一丁目5番1号
https://group.ntt/jp/
特設サイト:「IOWNってなあに?」
WRITTEN by
三浦 るり
2006年よりライターのキャリアをスタートし、2012年よりフリーに。人材業界でさまざまな業界・分野に触れてきた経験を活かし、幅広くライティングを手掛ける。現在は特に建築や不動産、さらにはDX分野を探究中。