行政・政策
平田 佳子 2020.7.20

なぜ静岡県は全国に先駆けてICT化が進むのか?ふじのくにi-Con推進協に聞く《前編》-現場の声から生まれる独自のガイドライン-

CONTENTS
  1. 人手不足と災害への危機感が、きっかけになった
  2. 現場の声を生かし、県独自のICT活用ガイドラインを策定
  3. ICT活用工事やICT導入企業が増え続け、業界の意識も大きく変わった。
静岡県が中心となり、国や県内自治体、建設会社・研究機関・メーカー・ソフトウェア会社などを集結して立ち上げた「ふじのくにi-Construction推進支援協議会(以下、ふじのくにi-Con推進協)」。

ICT普及促進と3次元データ活用が評価され、令和元年度にi-Construction大賞 地方公共団体等の取組部門で国土交通大臣賞を受賞した。

今回、i-Con推進協を取り仕切る、静岡県交通基盤部建設支援局建設技術企画課建設ICT推進班 主査 芹澤啓氏と班長 杉本直也氏に、ICT普及促進のための取組みについて伺った。

人手不足と災害への危機感が、きっかけになった


――ふじのくにi-Con推進協、設立の背景をお聞かせください。

杉本氏 静岡県でも建設業界の人手不足が深刻で、建設業就労者は平成28年の時点で50歳以上が5割、30歳未満では1割しかおりません。このままでは10年後には確実に人手不足に陥ってしまう。

さらに将来、ベテランの技術者が半分近くに減ったときに、万が一、南海トラフ巨大地震が起きたら道路啓開(道路の瓦礫などの除去処理を行い、救援ルートを確保する作業)ができるのかという危機感もあって。

静岡県交通基盤部建設支援局建設技術企画課建設ICT推進班 班長 杉本直也氏

――静岡県がICT化に注力してきたのは、東海地震への危機感もあるのですね。


杉本氏 地域を守る建設産業が衰退してしまうと、災害が起きたときに迅速に復興できなくなる恐れがある。やはりそこが大きいですね。でもこの業界は、キツイ・汚い・危険といういわゆる「3K」や、女性従事者の少なさや給料が低そうなどのネガティブなイメージが先立ち、なかなか若い方が入ってくれない。

それを転換する取組みが、国交省が2016年に策定した「アイ・コンストラクション」だと思っています。県としてもアイ・コンストラクションに追随してやっていこうと、平成28年12月に、「ふじのくにi-Con推進協」を設立しました。

芹澤氏 静岡県内の工事の発注では、国交省は10%以下で、国よりも県や市、町の工事のほうが多いんです。そんな状況だから、国交省だけがICT化に力を入れても、地元の建設会社までは普及が進まない。

そこで、国が自治体に対して現場検証や導入支援などをやりましょうというお話があり、支援の受け皿としてこの組織がつくられました。静岡県は全国に先駆けてICT活用工事に力を入れていたので、国から一番初めにお声がけいただいたんです。

静岡県 交通基盤部 建設支援局 建設技術企画課 建設ICT推進班 主査 芹澤啓氏

現場の声を生かし、県独自のICT活用ガイドラインを策定


――国とはどういった連携・協力があるのでしょうか?

杉本氏 国が新しく作成した要領や基準などを教えていただくのですが、大規模な国の工事と中小規模の地方自治体の工事では現場の状況も違うため、国で考えたルールが実際の工事に適用できないケースもあって……。

現場の声をもとに、県に当てはめるとうまくいかないルールを私たちがフィードバックするんです。自治体が活用するためには何が課題になるか、どこを修正したらいいかなど、そんな相談にも乗っていただいていますね。


芹澤氏 平成28年度に行った清水市の海岸の養浜工事(砂を投入して海浜を改良する工事)の事例をもとに、国の基準ができたこともありました。養浜工事は、波の影響を受けるため、施工後に人が現場に赴き、細かく出来形を確認しないといけない。台風がくると、「すぐに確認に来てください」となるんです。

これがとても大変で、「ICTを活用すればいいのでは」という話が協議会で持ち上がりました。それで、ICT建機に搭載されたステレオカメラで計測データをとり、わざわざ人が行かなくてもデータから出来形を確認できるという検証をしていただきました。その後に、「こんなときはこういうデータを使って確認する」といった国の基準が策定されたんです。

――自治体の声から、国が「ここにICTが活用できそうだ」と気づくこともあるんですね。


杉本氏 そうですね。そういう意味でも、ふじのくにi-Con推進協には、国も地方自治体の私たちもいて、現場で施工する方や設計する方、富士教育訓練センターや国土技術政策総合研究所といった研究機関、機械メーカー、ソフトウェアベンダーなど、いろいろな方々に入っていただいているのは良いところだと思います。

芹澤氏 ガイドライン化でもう一つ大きかったのが、災害防止のために行われる河床堀削工事です。堤防をつくったあとに砂がたまった部分は洪水の原因になることもあるので川の底の土砂を取り除くのですが、水の中は高さが見えずに大変……。それで、ICT建機を使ったら、人が測らなくても高さや掘り残しがデータでわかり、作業が格段に早くなったんです。


杉本氏 もともと1メートルあたり1点測量するという国の基準がありまして、それを遵守するために、現場の方がドライスーツを着て水中に入って全部で1万点ぐらい測量したという……。全然スマートではないし、とにかく危険なんですね。

静岡県 交通基盤部 建設支援局 建設技術企画課「出来形管理要領概要」より

芹澤氏 県としては一刻も早くICT化したいという思いがあって。中小企業がICTをスムーズに活用できるように、モデル検証をして、現場のリアルな声を生かしながら国と相談した結果、地方自治体で初めてとなる県独自の「ICT活用工事運用ガイドライン」を作成しました。


杉本氏 私たちは、アイ・コンストラクションを単なるブームで終わらせたくないんです。継続した取組みにして根づかせたいと考えています。今はまだ一気にブレークする段階には至っていませんが、現場の方々に「すごく楽ですね」「今までよりずっと良いです」という印象をいかに持って頂くかを大事にしています。そのためにガイドラインをつくって、「皆さんやりましょう!」ということでお声がけをして、進めているんです。


とはいえ、公共事業は新しい技術をすぐに導入しにくい面もあります。税金で無駄なことはできないぞという意識が、どうしてもあるからです。でも私たちは、若い方や女性などに建設産業の魅力を感じて頂くために、ICT技術をどんどん取り入れていきたいので、企業の方々と連携し、現場を検証しながら柔軟に取組んでいこうと思っています。

芹澤氏 ICT化すれば、建機の外で確認する作業員も必要なくなるため事故を防げるし、施工のスピードも上がって作業時間も短くなる。建設産業界は、いまだに週休1日が当たり前で休みが少ない……。今までと同じ工事量でも作業時間を減らして「最低、週休2日にしましょう」という話をしていきたいですね。

ICT活用工事やICT導入企業が増え続け、業界の意識も大きく変わった。


――今年度で5期目ですが、どんな成果が出ていますか?

杉本氏 ICT活用工事の実施件数と導入企業の数を見ると、きれいにグラフが伸びています。初年度は13件程度だったのが、4年の間に桁が変わり、令和元年度は122件のICT活用工事が実施されました。

静岡県 交通基盤部 建設支援局 建設技術企画課「ICT活用工事の運用」より

杉本氏 業界では横並びを見る傾向があって、「あの会社さんがICTに取組んでいるのならうちもやってみようかな?」といったケースも多いんです。実際に他の企業さんをまねて導入してみたら、「意外に楽だった」「生産性が上がった」という良い感想をいただける。現場同士の口コミの影響力は大きいですね。

芹澤氏 県や国がいくら「ICT化でこんな効果があります」と言葉で伝えても限界があります。ですから、現場で仕事をしている方の実感を話していただくことが一番。協議会でも、実際の施工者に「こんな形で新しいICT活用ができるようになった」と事例を紹介していただくようにしています。

――肌感として今の手応えはどうですか?

杉本氏 ICTの機械って普通の機械の1.5倍ぐらいの費用がかかりますが、実のところ売れていると聞いています。早いし、楽だし、どんどん現場の数をこなせるので、長期的に見ると売上げが増えるという面があるんですね。最初は大手の元請けさんなどから「ICT化といっても、そんなことできないだろう」とネガティブな意見をもらうこともありました。でもその方たちも今では「絶対やるべきだよね」とおっしゃって頂けるようになっています。


また、私たちが想定していなかったことが1つあります。ICT化は若い方だけでなく、高齢の技術者の長期雇用にも有効だということ。今、建機の中も冷暖房完備で、上降の手間もなく、車内でモニターだけを見て安全に作業ができる。仕事が楽に早くできるから、高齢のベテラン技術者も「あと10年ぐらいできる」とおっしゃるんです。これは嬉しい声でした。

芹澤氏 建設会社の意識も変わってきていて、「ICT建機に変えれば現状よりも2倍仕事ができる」という実感から、機械をまるまるICT建機に変える会社もでてきています。あと今年から、静岡県独自のICTマイレージ制度を導入しました。ICTを導入したことがない企業さんに技術をレクチャーしたり、勉強会や講習会を開いたりするとポイントがたまる制度で、ポイントがたまると県の入札の際に加点されるんです。

――ポイントで受注しやすくなると。面白い取組みですね。


芹澤氏
本来、競争している企業同士ですと、技術のノウハウを他社に教えるのは抵抗があるものですが、協議会で業界の方々と話をするうちに、皆さんの反応が変わってきました。「ICTはもはや建設産業の基本の技術になっているから、独自のノウハウを渡していることにはならない」という考えが浸透してきたんです。本当にこの数年で大きく変わったと思いますね。


積極的にICT化を進め、大きな効果を上げる静岡県。さらに後編では、静岡県のユニークな取組み「3次元点群データ」の活用について紹介する。


取材・編集:編集部
文:平田佳子
撮影:宇佐美亮
WRITTEN by

平田 佳子

ライター歴15年。幅広い業界の広告・Webのライティングのほか、建設会社の人材採用関連の取材・ライティングも多く手がける。祖父が土木・建設の仕事をしていたため、小さな頃から憧れあり。

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